『GAME』におけるパフュームが衝撃的だったのは、普通にカッコいい曲を普通に可愛いアイドルが歌う構図だ。もっと言えば3人はアイドルですらなく(本人たちがいくらアイドルを自認していようが)、パフュームという巨大な音楽の一部に過ぎなかった。当時隆盛を極めていたニュー・エレクトロをポップスとしてうまく落とし込んだ中田ヤスタカの手腕もあって、当時のパフュームは"音楽そのもの"として評価されていたと思うし、だからこそ、アイドル歌謡でもなく純粋なクラブ・バンガーでもない楽曲群が斬新な響きとエッジを携えて世に広まっていった。
結論から言ってしまえば、『JPN』にエッジは存在しない。『GAME』から3年以上経って、中田ヤスタカのサウンドに対しリスナーが慣れてしまったと考えることもできるが、パフュームの魅力が"音楽"から3人の成長記録という"物語"に比重が傾いたことが大きな要因に思える。もちろん中田ヤスタカの音作りに関する技やポップ・センスは健在だが、音を際立たせるよりも、3人の優れたアウトプット能力を助ける謂わば補佐的な役割に徹している。ニュー・エレクトロの強烈な出音ではなく、ちょっと音圧が高いエレ・ポップが大半を占めているのもそのためだろう。ヴォーカルにほぼエフェクトを使用していない「時の針」のように、『Complete Best』期を想起させる曲が収録されているのも示唆的だ。3人を前面に出したのは、彼女たちの成長した姿を認め、前述のアウトプット能力を信頼した証と捉えることも可能だが、おそらく中田ヤスタカ自身3人の成長に追いついていないのではないか?
その3人の成長に関していえば、アイドルとしてのアウトプット能力と引き出しの多さ、そしてひとりひとりのキャラクターがより強固な形となっているのが頼もしい。先日のオールナイト・ニッポンでも証明されたように、トーク力や場に対する適応能力の高さも申し分ない。このまま順調にいけば、ガンとの闘病の末「Cosmic」という美しくも力強い名曲を生み出したカイリー・ミノーグのように、日々を生きるうえで得たものをエンターテイメントとして表現できる領域に到達するのもそう遠くないだろう。それだけに、本作におけるエッジの喪失が残念でならない。まあ、「青いイナズマ」~「ダイナマイト」のダンス・ポップ路線の流れからミドルテンポな「セロリ」をリリースしたスマップのように、プロのエンターテイナーとして真っ当なことをしているだけかもしれないが、歌謡曲の要素を色濃くし、そんなアルバムを「これが日本」と宣言するかのように『JPN』と名付けてしまうところに、拭いきれないもどかしさを感じてしまう。
