マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン

MY BLOODY VALENTINE

全部がただひとつの音に聞こえるような
レコードを作りたいと思っていた


その後の音楽の流れを完全に変えてしまったアルバムというのは、もちろんいくつか存在する。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインというバンドが1991年にリリースしたアルバム『Loveless』も、あきらかにそのひとつだ。

決してバカ売れしたものではない。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインは、いわゆるロック・スターでもない。だがその一方で、カルト的ステイタスに甘んじる「仙人的」なやつらでもない。ただ、1991年以来まったく新作アルバムを発表していない彼らが、そんなふうに見られる傾向があることもたしかなのだが(笑)。

ここ数年「出る出る」と言われていながら、なかなかリリースされなかった『Loveless』のリマスター盤が、この2012年5月、とうとう世に出た。それは、ある種の音楽ファンにとって重大な事件だった。たとえば、こんな言葉に反応するようなひとたちにとって...。

「(マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの『Loveless』に入っていた)『Soon』(という曲)は、ポップの新しいスタンダードになるだろう。かつてヒット・チャート入りした曲のなかで、これ以上に曖昧で不明瞭なものをぼくは知らない」by ブライアン・イーノ

90年代初頭における彼のこの発言は、それから20年後にふりかえってみると、実に当を得ていたものだったことがわかる。

『Loveless』のみならず、彼らがそれ以前にリリースしていたもう1枚のオリジナル・アルバム『Isn't Anything』も、そしてレア・トラック満載の貴重なコレクション『EP's 1988-1991』も(もちろん全曲リマスタリングされて)一気に発売されたことを記念しておこなわれた、中心人物ケヴィン・シールズのインタヴューをお届けしよう。

2008年のフジロック以来となる、2013年2月の来日公演スケジュールも発表された。それを待ちつつ、お楽しみください!

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ptoto by Mitch Ikeda

本日の質問作成者は、あなたが『Loveless』リリース直後に来日した際、フリー・ジャーナリストとして(東京ではなく名古屋で:笑)インタヴューをおこなったことがあります。当時は彼が関わっていた(5種類以上はあった)どの雑誌も興味を持ってくれなかったので、長いことカセット・テープを持っていたのですが、この機会に! とマイク・マクゴニカル著『マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン~Loveless』の「監訳者あとがき」で使ったそうです。もちろん、当時のふたりの会話をなるべく徹底的に「そのまま」収録する形で。そのインタヴューのしめくくりは「マイ・ブラッディ・ヴァレンタインというバンド名は(かつていたメンバーの発案によって)ホラー映画からとられたものだ」という話になり、あなたはそのイメージにけっこうなやまされいると言っていました。彼が「このアルバム(『Loveless』)で、そんなイメージも消えていくんじゃないでしょうか?」と言ったら、あなたは「そう祈るよ。(そうじゃなきゃ)あとはバンド名を変えるくらいしかないからね(笑)」。あれから約20年たってみると、実際そうなったと言えるのではないでしょうか?

ケヴィン・シールズ(以下K):そうだね...。なんていっていいのかよくわからないけど。実際、リリース直後の扱いは、決していいものじゃなかった。クリエイションは1ヵ月後に僕らとの契約を解除した(注:アルバムの制作期間、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイのメンバーは、イギリスの習慣にのっとって、週いくらでギャランティーをもらっていた。まあ、非常に安い金額ではあったようだが...)。僕らはただの変わり者バンド、みたいに思われたのさ。プロモーションもサポートもほとんどなかった。1、2週間はしてくれたけど、突然それが切られておしまい、みたいな(笑)。当時は全然理解されているようには思えなかったけど、時間をかけて、いつかたくさんの人が理解してくれたらいいとは思っていたよ。結果として実際にそうなったけどね。やっぱり、いろんなたくさんの人たちが関わって、こういう結果になっているんだと思う。つまり、ファン、ミュージシャン、ジャーナリスト、どれか一部だけが何かしたってことじゃなく、すべてひっくるめていろんな人の意見がひとつになって、長い間にアルバムへの認識を変えていったんだってこと。

あなたにとって『Loveless』とは?

K:自分たちがいいレコードを作ったってことはわかっていたけど、実際に当時の僕が考えていたことは、何か新しいものを作り出したいってことだった。なかなかうまくいかなかったけどね。どんな意味があったかはよくわからないけど...。まあ、ちょっとは自分の自信につながったってところかな(笑)。

今回は『Isn't Anything』のリマスター盤も、そして「コレクター型」のファン(質問作成者にも、そういうところがあります:笑)にとっては死ぬほどうれしい『EP's 1988-1991』のリリースもありますが、とりあえず今日の取材は『Loveless』に集中してしまうと思います...。それだけ、みんながそれに注目しているという判断によるものです...。すみません...。昨年が『Loveless』20周年にもかかわらず、結局そのアニヴァーサリーにはまにあいませんでしたね。それは、もともとあなたはそんなこと気にしない! ということなのでしょうか? それとも「それが(なんとなく、まにあわなかったのが)良くも悪くもケヴィン・シールズ」なのでしょうか(笑)?

K:去年のリリースは無理だったんだ。いくつも技術的な問題が発生して。それを解決してからじゃないと、リリースできなかった。それが全部クリアになったのが、今年の1月だったんだよ。

元々は、20周年に合わせてリリースしたいというような予定だったんですか?

K:いや、実際はもっと前にリリースできていたはずだった。実際のマスターが終わったのは2007年だったんだよ。でもいろいろと問題があって、リリースできなかった。

え、それは、マスターしてからさらに音を完璧にすべく、いろいろいじっていてそうなったということですか?

K:いや、そういうことじゃないんだ。スリーヴに大きな問題が起こったり...。アルバムのジャケット...アートワークがスキャナーみたいなものでコピーできない作りだったから、最初から作り直さなきゃいけなくなった。それがすごく大変でね。ほとんど不可能じゃないかっていうプロセスだったけど、何とかうまくやり遂げたよ。仕上がりには満足している。

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『Loveless』リマスタリング盤は2枚組になっています。ディスク1は当時CDやLPのマスターに使っていたDATテープをもとにしたもの、ディスク2はたぶん当時マスターのコピーとして残してあったアナログ・ハーフ・インチ・テープをもとにしたもの。

K:そう、ディスク1は、オリジナル・リリースにも使われたオリジナル・マスターのもの。デジタル・マスター...あのころは誰もがDATでマスターを作ってたんだ。91年の僕は、ハーフインチよりもDATのサウンドのほうが好きだったんだよね。そのほうが、僕が望んでいたサウンドに近かった。それにデジタル・ヴァージョンのほうが、ヴォーカルや楽器のバランスがよくて、フリクエンシーも正確だった。アナログ・ヴァージョンのほうは、そこまで正確な音が作れなかったんだ。でも2007年になって、アナログ・ヴァージョンも正しかったんじゃないかって思うようになった。それで、どっちをリリースするべきか悩んで、結局ふたつとも本当の意味では完璧とは呼べないと思って、両方リリースすることにしたんだよ。

オリジナルはあまり左右にパンを大きく振らずに中央の音圧で勝負している感じでした。実際、先述の本にも『Loveless』は、ほとんどモノラルである...みたいなという表記がありました。今回もその形は踏襲していますが、あなた自身にも当時からそういう意図があったのでしょうか?

K:うん。ディスク2では、ステレオの右と左の情報がモノラルに比べたらちょっと大きすぎて、モノラル部分の情報を数デシベル上げなきゃいけなかった。正しいバランスを取るためにね。91年に使ったテープ機材はもっと...いや、そういう音が好きな人もいるんだけど。よりステレオ感がくっきりするようなサウンド。ハイエンドとローエンドがはっきりしているような。そういうのを"あたたかいサウンド"ってみんな呼ぶけど、でも僕は好きじゃなかった。僕が追いかけていた音じゃない。僕が追いかけていたサウンドは、今回聴いてもらえるようなものだった。

モノラルで素晴らしい音楽といえば、条件反射的にフィル・スペクターやブライアン・ウィルソンを思いだすんですが、その本のなかには「ブライアン・ウィルソンと比べられるのは、ちょっとうんざり」みたいなあなた過去の発言が載っていました(笑)。今はどうですか?

K:まあ、僕はブライアン・ウィルソンのファンだからね。尊敬するアーティストのひとりと比べられることは、悪いことじゃないよ。自分のヒーローと比べられるのは悪い気分じゃないさ。

ちなみに『Loveless』の音って、ある意味「通常のロックでは使われることが少なかったウォール・オヴ・サウンド(壁)」とは言えませんか? いや、フィル・スペクターからの連想で、このフレーズを思いついたんだけなんですが(笑)。

K:サウンドに対しての僕らの姿勢っていうのは、他のバンドとは違っていた。ほとんどのレコードは、いろんな別のものが別々で演奏されているのを合わせたようなサウンドを作るけど、僕は一つひとつのものが別々に分かれたものに聞こえず、全部がただひとつの音に聞こえるようなレコードを作りたいと思っていた。すごく変なことだと思っているんだけど、サウンドの大きな影響源になったものは、ライヴのサウンドだったんだよ。ライヴで音楽を聴いてるときって、サウンドはひとつに聞こえる。個々の音は聞こえてこない。他のバンドのライヴを見ても、ライヴでは音が全部一緒に聞こえるのに、レコードを作るときはものすごい時間をかけて、一つひとつの音を別々にして作る。イコライザーを使って、ステレオでみんな別々の場所で鳴っているように聞こえるように作る。そうすることで、全部の音が別々にクリアに聞こえるように。僕は真逆の方法を取った。僕は全部の音がひとつに聞こえるように作りたかった。そういうアプローチを、当時他の誰かがやっているのを僕は聴いたことがなかったし、一般的ではなかったね。自分自身、まったく独自にやったもの。だから、他のシューゲイザー・バンドと呼ばれるバンドたちとの共通点を、僕自身は感じていないんだ。僕にとって彼らのレコードの作り方は、それまでと何も変わらないもの。伝統的なアプローチ方法で作られたものだった。でも僕らは、自分たちのやり方でやった。

実のところ、ギター・パートはどのくらい重ねているのですか? 先述の本を読むと、あのアルバムには今で言う「サンプリング技術が駆使されていた」ってことはわかるのですが、最も多いところで何本くらいのギターが重なっているのでしょう(いや、単にその数に驚いてみたいな、という...:笑)?

K:たとえば例として1曲挙げると、「To Here Knows When」なんかは、ギターは1本しか入っていない。1本だけ。すごいギターの曲に聞こえるかもしれないけど、実際は一番ギターを重ねていない曲なんだ。

え? 1本だけ!?

K:そう。いや、実際トラックは2つ使っていたかな。ステレオのものが1トラックと、モノラルが1トラック。でも、テイク自体は1テイクだった。しかも、最初のテイク。まあ、これは一番極端な例だけどね。同じように、「Soon」もギターは1トラックだけだった。アンプをヴォックスからマーシャルに使い分けたところはあったけど。最初はヴォックスで、途中からマーシャルになる。「Only Shallow」では最後までの流れの中で、ギターが2本使われている。曲の最初の部分だけはギターを重ねたかな。メロディー部分のためにやったオーヴァーダブだったけど、多分同じものを3、4回重ねたかな。それをまたサンプリングしてもいる。プレイしている上に、そのサンプリングを重ねた。サンプリングしたものを逆からもそのままからも流し、さらに高音にして加えた。「Only Shallow」が一番たくさんギターを使った曲だね。最初の部分のために。でも他は、実際はそれほどギターを足してない。「Come In Alone」では2本。1本のギターに、別のパートを加えるために1本重ねている。「I Only Said」のギターは1本。オーヴァーダブはフルートと声のサンプリングをミックスしたもの。

もっとたくさんのギターを重ねているとばかり思っていたのですが。

K:だろうね(笑)。でもヴォーカルが入っているときは、多くて2本しかギターは入れない。あとはベースとドラム。歌がないときにはオーヴァーダブも使う。サンプリングしたフィードバックや、フルートや声をミックスしたものとか。たくさんギターを重ねたものがなかったわけじゃないけどね。「Sometimes」なんかはそう。あの曲には、7本のアコースティックギターを同時に演奏したものが入っている。左から扇みたいに右までぐるっと並んでね。そのうちの1本はマーシャル・アンプを通したもの。でも、そんなにたくさんのギターが入っているようには聞こえない曲だけど。だから、すごくギターがたくさん聞こえているような曲で1本しか使っていなかったり、シンプルでそれほどギターを使っていないように聞こえるような曲でたくさん使っていたりするんだ。でも7本も使ったのは、「Sometimes」ぐらいかな。

2012_04_MBV_A3.jpgなるほどー。さて、あなたは独特なアーム奏法をしていますが、その方法をみつけたきっかけは?

K:88年にクリエイションが初めてのEPを作ることを僕らにオファーしてきたとき、友達のひとりが僕に機材を貸してくれたんだよ。当時の僕は、いい機材をまったく持っていなかったからね(笑)。彼が貸してくれたギターが、ジャズマスターだったんだ。それにトレモロ・アームがついていた。それまで、トレモロがついているギターって弾いたことがなかったんだよ。それで借りて弾き始めたら2時間くらいで、本当に気に入ってしまって。「これはいいな」って。それから数ヶ月して、『Isn't Anything』を作るために、自分でジャガーのギターを買った。日本製だったんだけど。実際、その日本製のジャガーで『Isn't Anything』はレコーディングしたんだ。おかしいんだけど、そのころ僕らが使っていた機材は、全部日本製だった。アンプも全部(笑)。フェンダーのサイドキックってアンプ。友達が貸してくれることになった別のアンプをスタジオにまで持ち込んで実際にレコーディングしてみたんだけど、こっちのほうが攻撃的な音がして、結局そっちを使うことになったんだけどそれも日本製(笑)。だから本当に全部...いや、ベースは違うか。ベースはオリジナルのフェンダーのプレシジョンを何曲かで使ってるね。だから全部じゃないけど、ほとんど全部、ってことか。でも、アンプとギターは日本製だった。

ところで話は飛びますが...というか、これは『Loveless』とは関係ないのですが、『Isn't Anything』にも『EP's』にも入っている、あなたたちのクリエイションからのセカンド・シングル「Feed Me With Your Kiss」を久々に聞いた質問作成者は、(あくまで)その変則リズム(のみ)からザ・ゴー・ビトウィーンズを、それ(変則リズム)およびハード・ロック寄りサウンドの印象からファウストを思いだしたそうです。いかがでしょう(笑)?

K:ザ・ゴー・ビトウィーンズか...。ファウストに関しては、おかしな話があるよ。『Isn't Anything』をレコーディングしていたとき、あのアルバムを半分手伝ってくれたエンジニア、デイヴ・アンダーソンが、それ以前にドイツのエクスペリメンタル・バンドでプレイしていたことがあって、彼がそういう60年代後期から70年代初期にかけてのクラウトロック(Krautrock)・ミュージックを僕らにいろいろ聞かせてくれたんだ。彼はそのシーンの一員だったからね。だから、そういう音楽の知識はあった。でも、ザ・ゴー・ビトウィーンズはよくわからないな。いつも、いいバンドだとは思っていたけど。

マイ・ブラッディ・ヴァレンタインは、EPに「トレモロ」というタイトルをつけたこともありますが、それはやはりあなたのトレモロ・アームへの愛の表出と言えるのでしょうか?

K:そうだね、そんな感じ(笑)。基本的にはそうだね。あのEPに入った「To Here Knows When」は、『Loveless』に入ったヴァージョンとはかなり違うけど。全然違うミックス。EPのほうは、ミックスにより動きを出した。あまりうまく口では説明できないけど、ノイズゲートとコンプレッサーを使って、ギターが別々の方向に動くような感じになるミックスをしてみたんだよね。うまく伝わるかわからないけど。

最後のひとつ前に、ちょっといじわる(?)な質問です。あなたは、個人的にわりと(ひとと接するときに)うつむいて、靴を凝視してしまう(シューをゲイズしてしまう)タイプですか(笑)?

K:いや、違うね。そんなにうつむいていることはないよ。大体、誰がそう呼びはじめたかはわからないけど、バンドの連中も別に靴を見るためにうつむいていたわけじゃないから。みんな、ギター・ペダルを見ていただけ。そのために下を向いていただけだよ。それに、シューゲイザー・バンドとまとめられることが嫌な理由は、そう呼ばれているバンドは、みんなそれぞれ違うことをやっていて、みんな影響源も違っているから。そういうバンドのアティテュードやサウンドに僕らが影響を与えた部分はあるかもしれないけど、音楽的には全然違う方向から来ている部分が多い。僕が興味を持っている音楽とは、正反対の音楽に影響を受けたバンドもたくさんいる。好きなバンドもいたけど、たとえばヘヴィー・メタル・バンドと同じように、好きだけど別にものすごく近いものは感じないって気持ちだったかな。実際、そういうバンドは僕らよりも大抵4、5歳年下で、僕らのバンドのファンだった。ギグに来てくれたり。...えーっと、つまり僕がいいたかったことっていうのは...。僕が若かったころ、僕はパンクがすごく好きだったけど、僕の好きだったバンドは、自分たちはパンク・バンドじゃない、と言っていた、みたいな(笑)。ただ、自分たちの音楽をやっているだけだ、ってね。それを聞いて、いちいちそんなこと言わなくていいだろう、みんな気に入って聞いてるんだから、それでハッピーでいればいいのに、って思ってた(笑)。そういうことで文句を言うのは好きじゃないんだよね。でも、どうしても言いたくなってしまう。音楽的には、いわゆるシューゲイザー・バンドとはそれほど共通点はないんだ、ってこと。僕らから影響を受けて彼らがやっている何かはあるかもしれない。僕らのファンだったわけだから。でも、それだけだよ。たまに歴史を書き換えようとするやつがいるけど、はっきりいって、他のどのグループよりもずいぶん前に、僕らは『Isn't Anything』を作ってるんだ。どのバンドも存在していなかった。だから僕が共感するバンドっていったら、シューゲイザーと呼ばれるバンドたちよりも、ソニック・ユースやダイナソーJr.のほう。アティテュードなんかも含めてね。でも、『Loveless』をレコーディングするまでには、僕らも僕ら自身の世界を築き上げるようになっていたけど。ものすごく正直にいえば、僕に影響を与えたかもしれないシューゲイザーのバンドはラッシュだけだね。僕はラッシュのエマ・アンダーソンと1年半ぐらい付き合ってたんだ。86年とか87年のころ...正確には思い出せないけど。だから、音楽やサウンド的には違うかもしれないけど、彼女のソング・ライティング・スタイルみたいなものは、かなり僕のものと近いものがあった。まあ、それも彼女がラッシュを結成する前のことだけどね。でも、正直に認めるなら、そういう影響はあったかもしれない、ってこと。

興味深いお話、ありがとうございました。さて、最後の質問です。『Loveless』の素晴らしいところは、倍音が幾重にも重なって、実際には鳴っていないような超高域のサウンドが聴こえるような感覚だと思います。あなたにもそういう狙いはあったのでしょうか?

K:ミックスからそういう想像力がかき立てられることはあると思うよ。まるで、水平線を眺めているようなものだと思う。ものすごく遠くを見ていると、どこが終わりなのか、はっきりわからなくなる。そして、そういう視覚から心が影響を受ける。それを音楽に置き換えた感じ。どこが終わりでどこが始まりかわからなくなるような感覚っていうのかな。それは意図的なものだった。でもある意味、そういう瞬間が最高なんだ。限界が止まる。想像力のなかと現実との間で起こっていることがぼやけてくる。そしてそれを、無限に感じられるようになる。永遠に。

2010年4月
質問作成、文/伊藤英嗣
取材、翻訳/中谷ななみ


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マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン
『イズント・エニシング』
(Sony Music)

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マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン
『ラヴレス』
(Sony Music)

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マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン
『EP's 1988-1991』
(Sony Music)

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