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 マシュマロは三重県在住の女性くどうゆうこが基本、自分でライブを観て「いい!」と思ったミュージシャンに声をかけて作ってきた無料コンピレーションである。かわいらしい葉書サイズのフリー・ペーパー本体には、収録ミュージシャンの写真と自己紹介文が丁寧にまとめられている。名古屋を中心に各地のライブ・ハウス、レコード店等で配布される。配布状況はマシュマロのツイッターで知ることができる。名古屋の狭いシーンはグラスゴーに似た地元感だ。ライヴ・ハウスもレコード屋もレーベルも数少なく、みなどこかでつながっている。マシュマロ参加バンドを中心に、そのことを例示していこう。


 まず目を引くのはHOSHINOKU'S。《EVOL RECORDS》のローファイ・ギター・バンドshort film no.9や、《ondo records》のアコースティック・デュオ里帰りのメンバーを中心にGRANCH、センチメントのメンバー等が加わった7人大所帯、チェロや鉄琴も用いるコーラス・ユニットである。彼らは初音源を提供している。豊橋のシューゲイザー・バンドGangliphoneのメンバーによる関節ネズミには、四日市のオルタナティヴ・バンドbasquiatのメンバーが参加、そのbasquiatも再結成後初となる音源を提供。同じく四日市でライヴ・バーを経営するメンバーらによる鍵盤ギター・ロック、ヤクタタズ。彼らやSICK OF RECORDER、6eyes、マシュマロvol.10参加のThe clubbersは、東海地区のベテラン・ミュージシャンである。


 cinema staffのメンバーからも敬愛される名古屋の「顔」的ギター・ロック・バンドfolt、そしてフリー・ペーパー2you編集柴山の運営するインディー・レーベル《ONE BY ONE》所属のnothingmanの2組は今夏、鶴舞公園で野外イベントを開催している。彼らやviridian、他の《ONE BY ONE》所属のバンド達(iGO、JONNY、明日、照らす等)は、一筋縄ではいかない日々の喜怒哀楽を、ときにユーモアも交えて歌う。彼らを慕うファンは各地にいて、地方遠征を求めるラヴ・コールも絶えない。iGOはsoulkidsや24-two four-、竹内電気解散後のソロ、竹内サティフォと共に再びイベントを行う。


 mudy on the 昨晩を輩出した名城大学の世界民族音楽研究会からはsukida dramas(スキダドラマズ)が参加している。サークル名が最も似合う多文化祭囃子キーボード・パンク・バンドだ。彼らはOTOTOYのプッシュもあり関東でも知名度をのばしつつある。《Lastrum》からデビューする姉弟ユニット、テレポテ、そしてCRUNCH、SWIM SWEET UNDER SHALLOWといったガール・ポップ勢も華やかだ。CRUNCHはリアル・タイム・サンプリング・デュオFU-MUによるリミックス音源を提供している。彼らと親しいHUSH、The welks、海外アーティストを主にリリースする《happy prince》所属のapple lightといったギター・バンド達も過去のマシュマロに参加している。余談だが、最近くどうが気になっているというtigerMosは、《MIDI Creative》からリリースしているユニット、レミ街の荒木による新プロジェクトだ。


 石の上にも3年というが、2013年でマシュマロも実に9年目。vol.0から数えて12冊目だ。過去には企画イベントも開催しているが、10年目にはまた何か面白いことをしてほしいとも思う。しかし製作者のこだわりと純粋な思いがあってこそだろう。変に拡大したり変わったことをするより、彼女の満足いく内容を、長年培ってきたサークルの中でじっくり練り込んでいくことが本筋かもしれない。継続は力なり。マシュマロはしかし、ある意味くどうの手を離れ、名古屋を全国にプレゼンする架空のインディー・レーベルとして機能し出している。現在のネットレーベル全盛のなかで安易に行われがちなことを、丁寧な暖かみのある手作業で10年近く続けてきたマシュマロに敬意を表する。こういった試みと精神性こそ次世代に受け継がれていってほしい。



(森豊和)

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 傑作。しかし、1stアルバム『Whatever People Say I Am, That's What I'm Not』に向けられた「傑作」とは、少し異なる。1stアルバムは、若者が抱えているフラストレーションを彼らなりのガレージ・パンクで爆発させた、リズムなど関係なくとにかく衝動的に跳び回りたくなるような作品としての「傑作」だった。そして、5thアルバム『AM』は、まだどこかに複雑さを内包しながらもクールでセクシーな大人になったというリアリティーをアクセントに、デビュー以来(または、転換期の3rdアルバム『Humbag』以来)アークティック・モンキーズが探し求め続けてきたスタイルを、遂に体現した作品として「傑作」なのだ。


 今作中で特に印象に残るヘヴィーかつシックなギター・サウンドは、実年齢的にも経験的にも今のアークティック・モンキーズらしい独特のエモーションを感じる。やはり、幾度となく実験を重ねて音を作っても、経験と年齢が伴っていないと出せない音があるのだと思う。今作のギター・サウンドは、彼らの兄貴分ジョシュ・ホーミが率いるクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ、ツアー中に楽屋で聴いていたというブラック・サバス、彼らが少年時代にコピーしていたレッド・ツェッペリンなどとオーヴァーラップさせることができる。しかし、何とも特定できず、様々なバンドの名前を挙げてしまうというのは、数々の先輩バンドたちのサウンドが彼らの中で「アークティック・モンキーズのオリジナリティー」へと変換されているという実感でもある。さらに、この実感の中にはスコット・ウォーカー的なエレガンスをも見出すことができる。一見複雑ではあるが、これが彼らをモダンなロック・バンドであると認識(または再認識)するための足掛かりになるのではないだろうか。


 また、アレックス・ターナーが『AM』について「ドクター・ドレーのビートようなサウンド」と発言していたり、アウトキャストから影響を受けていると言っているように、アークティック・モンキーズのロックをよりモダンにしているのは、ヒップホップの要素である。彼らはティーンの頃からヒップホップに親しみ、グライムの興隆を体験してきている。このことがリリックのフロウやビートといった部分に影響を与えている。「R U Mine ?」のリリックにはこれまでのアークティック・モンキーズらしいフロウがあるが、全体的なリリックのフロウに関しては1stアルバムや2ndアルバムの方が顕著だと思う。どちらかというと今作はビートの方がヒップホップ的だといえる。アレックスがドクター・ドレーのビートを例に挙げたのは、今作が総じてBPM低めで、夜の雰囲気を醸し出しているということからだろう。そして、アレックスが「前作よりスタジオアルバム的」と説明しているので、ドクター・ドレーのようにスタジオできっちりと作った作品だということもそれとなく示しているのではないかと、僕は思っている。『AM』のタイトなビートを形成しているのは、マット・ヘルダースがシンプルなリズムのパートを繰り返し叩いたものとドラムマシーン。楽曲によっては両方を使っているそうだ。「Do I Wanna Know ?」「Why'd You Only Call Me When You're High ?」「I Wanna Be Yours」がその良い例で、タイトなビートにのせてR&B風に歌うアレックスは、史上最高に色っぽい。その上、《I don't know if you feel the same as I do / But we could be together if you wanted to》(「Do I Wanna Know ?」)や《And I can't see you here, wondering where I am ?》(「Why'd You Only Call Me When You're High ?」)といったフレーズをサラッと歌っているのだから、相当カッコイイ。そりゃあリーゼントにスーツが似合うわけだ。


 こうやって『AM』に聴き惚れているうちに、彼らはアメリカ、イギリス、ヨーロッパを回って日本にやってくる(はず)。きっと、日本にやってくる頃には、もう次なるアークティック・モンキーズのサウンドのベースとなるものを模索し始めているに違いない。4thアルバム『Suck It And See』をリリースしてから約半年後に「R U Mine ?」をリリースした時のように。まったく、クールなやつだ。でも、そういうところがアークティック・モンキーズの最高に良いところでもある。



(松原裕海)

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VERYBECAREFUL.jpg

 今やクラブのみならず、多くの場所でデジタル・クンビアを耳にすることが増えたが、それは2000年代初頭パンジャビMCによってバングラがモダナイズされ、昨今のファンコットの多様性に目を見張るように、そこに現代の視角を取り入れることで、多文化性から非・土着性までの架橋を可能にするのかもしれず、だからこそイロニカルに、ときに電子音で漂白されてしまったそれらの音楽は機能性だけが先立つことも感じる。伝統と革新は背反するということだろうが、同時に、元来の伝統をそのままで現代に呈示しても届かない難しさもある。


 なおバングラとは、インドとパキスタンに跨るパンジャーヴ州の舞踏のこと、ファンコットとはインドネシアのジャカルタを中心にして、ダンドゥットなどと接合され、現在ではハウスとも共振している。そしてクンビアはコロンビアを代表する舞曲であり、原義は"宴"とも巡る。また、クンビアという名称自体、アフリカの踊りのひとつであるクンベや、パーティーに行くという意味のケンバ、宴を催すという意味で使われていたケンバラ等が語源といわれている。


 ロスアンジェルス出身のヴェリー・ビー・ケアフルは、トラディショナルなクンビアを継承し、日本でも人気の高いバンド。フジロックなどで来日したこともあり、彼らのライヴを観た人もいるのではないだろうか。1998年から活動を開始し、そこからスタジオ・アルバムのリリースやライヴを重ね、今年でキャリア15年になる5人組。


 そんな彼らは『Remember Me From The Party ?』でも、相変わらず"宴"のための音楽を展開している。粗い画素のアルバム・ジャケットで、熊がシェイカーを持ち、美女が並び、机上にはメンバーの顔が酒のボトルに貼りつけられているとおり、アルコールとパーティーという二つに関することが基本的には歌われ、全12曲が瞬く間に過ぎる。


 バンドの来歴に少しだけ触れると、彼らの才能や面白さに目を付けたのは、UKの偉大なるブルーズ・アーティスト、ジョン・メイオールの息子であるジェイソン・メイオール。そのジェイソンが彼らを故・ジョー・ストラマーに紹介し、気に入ったジョーが自らのライヴ・ツアーの前座に起用した経緯がある。


 何度かライヴを観たことあるが、彼らのパフォーマンスは素晴らしく、トラディショナル・クンビアの正当な血筋を護りながらも、高揚の合間に哀愁が滲む旋律とともに、パーティーはずっと続かないが、この瞬間は日常を忘れて騒げればいいということを教えてくれる。また、クンビアがいまだ人種の坩堝たるアメリカでは多文脈的にマイノリティーであることも含意しながら、雑踏、電車から披露宴、フェスなど場所を隔てなく越えて演奏し、さらには、彼らと彼らの家族が営むロスアンジェルスのコリアンタウンにあるバーでは定期的にイベントを行なうなど、グローバルな存在になってもクンビアとその周辺のカルチャー、コミュニティーを堅守する姿勢が崩れないところにも芯を感じる。


 今作は7曲の書き下ろし、5曲のカヴァーで形成されているが、アコーディオンとパーカッションの重なりに、酒焼けしたかのようなリカルドのざらついた声が絡んでくる1曲目の「El Revuelto」からスイングさせてくれる。その中でも筆者は、反復するリズムが心地良い3曲目「Cinco Centavos」の叙情、11曲目「Cumbia De Valledupar」での哀愁が立ちのぼる辺りが本懐と思えた。フィナーレの「El Encuentro」における余韻をほのかに残す終わり方も美しい。


 表面的には全く変わらないようで、深みはどんどん増している、そんな感慨も受けるところにより今後の活動も楽しみになる。



(松浦達)

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SIGUR RÓS『Kveikur』(XL : Hostess).jpg

 攻撃的で美しく、刹那的なロック。溺れそうなほどの快楽に、牧歌的な幸福はない。前作から11ヶ月という短いスパンでリリースされた、7枚目のアルバム。


 ロック作品である今作だが、今回初めてリッチ・コスティー(フランツ・フェルディナンド、ミューズ、インターポール、ミュー等)と、ヨンシーのパートナーであるヴィジュアル・アーティストのアレックス・サマーズをミキサーに起用している。キャルタンが脱退して3人になっているものの、思いのほか違和感はない。装飾音は生楽器で演奏しているようで、電子音は意外に少ない。『Med Sud I Eyrum Vid Spilum Endalaust(邦題:残響)』のプロダクションを担当していたフラッド(《Mute》等)の音楽性とも遠くないが、より激しさを持っており、対照的な前作『Valtari(邦題:ヴァルタリ~遠い鼓動)』ではミキシングがアレックスのみだったため、その差はコスティーによるところが大きい。


 ポップ・ソング然としたメロディーが、ある意味で一種の普遍性を帯びた作品に仕上げている。内に秘めた攻撃的な精神性が穏やかで壮大なオーケストラや透き通るヴォーカルによって中和され絶妙なバランスを保ち、彼らのなかにある破壊的衝動は今までにない形で表れている。


 昨年の『Valtari』とは対照的で似ていないが、静と動という対になる作品であると思う。表裏一体と言えなくもない。だからこそ、『Kveikur』ばかりが"情熱的"と言われがちなことに関して、ならば『Valtari』のどこに情熱がなかったのか問いたい。表面的な熱量は違えど、高揚感という意味ではこの二つのアルバムは同等である。今回は、突き動かされる感情と吐き出す衝動的な音。内向きな曲も少なくない彼らの音楽のなかでは極めて外向きに発せられているサウンドであり、ライヴでの前衛的な攻撃性とも異なる表現をしている。


 また、このアルバムのインナーに描かれた三角形や目玉をモチーフにした、まるでフリーメイソンのようなアートワークがかなり不気味だったが、暗い闇に眠っていた彼らが白昼のなかに飛び出し怪物と化したかの如く、今回も惹き付けられるスリーヴである。『Hvarf/Heim(邦題:消えた都)』『Haima(邦題:故郷)』の自然とも異なり、『Valtari』『Valrati Film Experiment(邦題:世にも奇妙な映像実験)』の色味とも異なる、エレファント・マンのような絵。音楽的な面も象徴するスリーヴだが、彼らの場合、自身の心情も表しているのだろう。


 レヴューでは取り上げなかったが、『Valtari Film Experiment』は昨年のアルバムのあと様々な映像作家に均一の予算を与え独自の映像を作ってもらうというプロジェクトで、一般公募も行なっていた。それらはオフィシャル・サイトで順次公開され、今年3月に16本のフィルムをまとめたDVDをリリースしている。


 正直に言って、今回のアルバムはシガー・ロスの既存のイメージとはかけ離れたサウンドだ。これまでの作品を愛聴してきたファンを少なからず裏切るだろう。コスティーを起用したことも、彼がプロデュースしたからロックになったのか、それともロックな作品にするため彼を起用したのか。1999年に《FatCat》からリリースされた『Agætis Byrjun』、翌2000年に開催された1年目の《All Tomorrow's Parties》への出演などから、いわゆる"ポスト・ロック"(日本で言うところの"音響")という括りにされがちだった彼らは、その後母国アイスランドのトラディショナルな自然に拘り、その風景を連想させる音作りをし、伝統音楽にも傾倒して独自の道を歩んできた。ライヴに地元のマーチング・バンドを呼ぶこともあった。それらすべてからの脱却と言えるかもしれない。


 一瞬の嵐に見舞われたような、決して晴れの日の雄大な草原ではない彼らの景色が、この作品を一層異色のものにし、新境地を彩る。



(吉川裕里子)


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Factory Floor『Factory Floor』.jpg

 エモーションが抑えられたクラフトワークの電子音楽にファンクネスを見たアフリカ・バンバータは、クラフトワークの「Trans-Europe Express」を元ネタとした「Planet Rock」を生みだし、ヒップホップの創成期において存在感を示した。そのヒップホップに影響されたビースティー・ボーイズは、ヒップホップと出自であるパンクを交雑させることで、ヒップホップの独自解釈を提示してみせた。このようなキャッチボールの繰り返しによってポップ・ミュージックの歴史は築かれ、それは今も続いている。


 阿木譲によると、「あまりにも過剰だった80年代から2013年までの情報を掌握しようと思っても、いまだソーシャルネットワークの表面に浮かび上がって来ない闇に眠ったままの真実の音楽の文脈/情報/歴史は腐るほどあって、その文脈を掌握することはいまとなっては不可能」(※1)だそうだ。この話には一理ある。例えば、2000年代末、リトルブーツやラ・ルーなどの80sサウンド色濃い音楽を纏うアーティストが注目されたが、その盛り上がりも落ち着き"次は90sサウンドか?"と思いきや、2010年代に入ってベータマックスなどの《Telefuture》周辺やセロレクト/LAドリームズといった、80sエレ・ポップにピュアな愛情を向けた潮流が突如現れるなんて一体誰が予想できただろうか? そしてこの潮流に乗るかのように、ディプロが主宰する《Mad Decent》のサブ・レーベル《Jeffree's》は、スウェーデン出身のミッチ・マーダーによるモロ80sエレ・ポップなEP「The Touch」をリリースしている。こうしたカオスな状況は、クロスオーヴァーさせるジャンルのルーツなり文脈を意識していない、いわば無自覚な混血も多く生み出し、その無自覚な部分に批判的な意見もある。だが、従来の文脈/歴史の捉え方では到底理解できない動きが次々と出てくる現在に面白さを見いだせるのもまた事実であり、それを否定してしまうのは、音楽の可能性を狭めることになると思う。


 さて、ファクトリー・フロアの正式デビュー・アルバム『Factory Floor』である。ロンドン発のスリー・ピース・バンドによって作り上げられたこの作品には、確固たるジャンル的立脚点がない。シンセのシークエンスはジョルジオ・モロダーを感じさせ、アルバム全体を支配する執拗な反復ビートからはクラウトロックの要素を窺うこともできる。さらに「Breathe In」はアシッド・ハウス、そしてひたすらアーティフィシャルなビートを刻む「How You Say」はLCDサウンドシステムザ・ラプチャーの匂いを漂わせるが、これらの音楽的要素は時代性を徹底的に削ぎ落とされ、それゆえひとつひとつの音粒が奇妙に歪みながら乾ききっている。ここまで挙げてきたジャンルやバンドから、本作の立ち位置を決めることもできなくはないが、それはどこまでも聴き手の解釈と想像力に委ねられている。そんな聴き手と送り手の相互作用によって生じる拡張の余地があるという意味で、本作は価値観の多様性を認める作品だ。


 しかし、過剰とも言える引き算を経てもなお、残っているものがある。それは"ダンス"だ。本作のダンス・ミュージックはとことん機能的で、バンドのメンバーであるドミニック・バトラー、ニック・コルク、ゲイブ・ガーンジーの顔がまったく見えてこない。あるのはチャカポコとしたリズムだけ。とはいえ、エモーションがまったくないかと言えば、そうじゃない。ビートの快楽と機能性を追い求めると、どうしても機械的な印象を抱いてしまうかもしれないが、その追い求める行為は人の手によっておこなわれ、そこにエモーションが宿ることもある。それは本作も同様で、確かに音は人工的だが、そのかわり行為自体がエモーションの源になっている。さまざまな生物体の仕組みを解明することで生物の本質に近づこうと試みる解剖学みたいに、ビートの機能性を半ば狂気的に突き詰める本作もまた、快楽の本質に足を踏み入れようとし、それが結果として、ジャンルの垣根が曖昧になった2010年代の音楽を象徴することにも繋がっている。


 そうした一種の最果てに行き着いてしまった極北ダンス・ミュージックを鳴らす本作は、新しさと同時に懐かしさも共立させながら(それが顕著に現れているのは、SFVアシッドに通じるアシッド・サウンドとオールド・スクール・エレクトロが交わる「Work Out」)、数多くの音楽で溢れる今だからこそ必要な強い主張を持つ。だがファクトリー・フロアは、その主張を"ジャンル"のタグ付けでおこなうような真似はせず、あくまで"ダンス"というカタカナ3文字に凝縮してみせる。ゆえにファクトリー・フロアのダンス・ミュージックはどこまでもストイックに響き、それが聴き手を惹きつける魅力にもなっている。



(近藤真弥)




※1 : 2013年8月8日に阿木譲氏のブログで公開された記事から引用。

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 スイートかつ歯切れのいいクールさをたたえたヴォーカル。私は《Hyperdub》の新鋭ジェシー・ランザにマドンナの幻影をみる。


「あなたが何をしようが私には関係ないわ」。本作のタイトル・チューン「Pull My Hair Back」でジェシー・ランザはそう言い切る。ピーター・フック著『ハシエンダ - マンチェスター・ムーヴメントの裏側』によれば、マドンナのアメリカ国外初進出はイギリス、マンチェスターのクラブ・ハシエンダにおけるTV撮影だったという。当時彼女のマネージャーだったニューヨークのカリスマDJマーク・カミンスが《Factory》の創始者トニー・ウィルソンらの友人だった縁だ。数年後トニーはディナーの席で偶然マドンナと出会う。TV出演のことを覚えているか? とたずねたら、彼女はこう答えたという。「そんな記憶は完全に消去されてしまってるわ」。


 近藤真弥は日本盤ライナーにおいて、本作の主要な音楽要素はハウ・トゥー・ドレス・ウェルをはじめとしたPBR&Bだと書いている。その原稿が世に出た矢先、2013年11月におこなわれるハウ・トゥー・ドレス・ウェルのカナダ公演のサポート・アクトに彼女が抜擢されたのは必然かもしれない。また近藤はPBR&Bの源流としてブルー・アイド・ソウルについて言及している。本来は黒人のものだったR&B、ソウル・ミュージックを白人が取り入れた試みだ。デヴィッド・ボウイを源流にその影響はニュー・ウェイヴに及び、2000年代以降の音楽シーンにおいてもジェームズ・ブレイクディスクロージャーといった、影響を隠さない新星が現れ続けている。プリンスをリスペクトするホット・チップの名をあげるまでもなく、R&B、ソウルからの借用はロックンロール黎明期から現在まで続く伝統的マナーだ。80年代以降、より顕著にスタイリッシュに進化し、時と場合に応じて呼び名が変わってきただけで。


 冒頭に書いたようにその文脈で、私はシンガー・ソング・ライターとしての彼女に2010年代のマドンナをみる。ジェシーは10代でクラシックを学び、大学ではジャズ・ピアノを専攻した。ジャズはR&Bに由来するから現在のスタイルへの移行は自然だったという。彼女はたくさんのR&Bを聴き吸収した。特にアリーヤやミッシー・エリオットのような90年代のR&Bに惹かれた。本作から香るエロティシズムはその影響だという。プロデュースは同郷のジュニア・ボーイズのジェレミー・グリーンスパン。彼のコネクションで《Hyperdub》からのリリースが決まったというが、むろん先方に気に入られなければ話にならない。本作にはKeep Movingのように直球でフロア映えするトラックもあるが、冒頭でラップを乗せたリズム・トラックが続くことで、ジェシーのヴォーカルがより引き立つ5785021のような変化球も散りばめられている。シンセサイザーとウィスパー・ヴォイスが軽やかなリード・チューンKathy Leeからはグライムスマリア・ミネルヴァら昨今のインディー・ダンス勢との共振が感じられる。しかし全体に漂うムードは、ミニマルなベース・ラインによって支配されている。その上を自在に飛び交い、安易に男や世界に媚びない彼女がいる。ゆえに《Hyperdub》的であり、同時にマドンナの匂いがただよう。



(森豊和)

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「音楽は趣味でも仕事でもないかなあと思っている。音楽で食べて行こうとは全く思わないし、そんなおこがましいこと言えるような、まともなものじゃない。僕のは本当にインチキだらけ。音楽は趣味や仕事という概念でない。僕は歌う、皆はそれにお金を払って聞く。ただそれだけがいい」(電子書籍『dOPPOの反復mAGAZINE』所載、dOPPOの中心人物、橋本和樹のインタビューより抜粋)


 dOPPOの『反復』は本当にしつこいくらい反復する。歌詞も演奏も同じフレーズの繰り返し。ただし少しずつ位置をずらして、気がついたら真上から、あるいは足元から響いてくる。ドキリとすることを当たり前のボキャブラリーの範ちゅうでつぶやいている。ハード・コアの出自があって、明るい曲がやりたい、それがこんなフォーク・アルバムになるなんて。だからだろうか、背景音がすごいのだ。そのなかには橋本の趣味である編み物や切り絵も含まれる。切り絵はCDのジャケット・アート等に生かされているが、編み物は曲自体に登場する。メリヤスという曲はメリヤス編みに由来する。日々の生活の音を紡ぐ。


 木琴やピアノ、それにギター、ベース、ドラム。それらが曲ごとに組み合わされる。トラックは2010年頃に録ったが歌は今回とりなおし。メンバーでドラムも叩く辻本まりこの歌う数曲はイタリアのフィレンツェ録音だという。そのとき彼女がそこに住んでいたからだ。「元々セッションで曲をつくっていたのが、取捨選択して曲を作るようになっていった。歌とメロディがあればいい。斬新なアレンジとかバンド演奏のソリッドさは無くなって、曲もシンプルになった」と橋本は語っている。


 dOPPOは2003年頃から京都で活動しはじめる。eastern youthや、《K Records》等のUSインディーに憧れて、という出自から想像できる音楽性で、初期には京都のbedというバンドの山口将司がギターを弾いていた。名古屋のバンドTHE ACT WE ACTのベース五味秀明が加入したのをきっかけに2009年名古屋に移住。Stiffslack所属のバンドClimb The Mindの山内幸次郎がライブにおいてピアノで参加し、小鳥美術館というデュオのギター牧野とスタジオ入りしたり、名古屋のインディー・バンドと交流を深めるが、五味脱退後の2012年に再び京都に帰る。Vampilliaやトゥラリカ等をリリースする名古屋のレーベル《iscollagecollective》より2013年、初の1stフル・アルバムを発表した。最近はdOPPOではなくchinese magicianと名乗って演奏しているらしい。その時々に参加するが違う不定形ユニット。たとえば、もしあなたがチェロを弾けるなら、chinese magicianに参加してほしいそうだ。できれば彼らにすっとんきょうな音をくわえてほしいよ。


 ここで冒頭の橋本の発言に戻る。dOPPOの音楽は決してインチキではない。音楽は趣味か仕事かという議論を超越して、歌いたいから歌う。それだけ。私もこの文章をただ書きたいから書いている。



(森豊和)

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 2001年のデビュー作『Room For Square』ではその清冽な声とメロディー・センス、何より上品な青年として、いちシンガーソングライターとしての域を越え、アイドル的な人気を得るのも道理だと感じた。なお筆者は、その作品をたまたま北京の路上で買ったのだが、ホテルで聴くまでもなく、百貨店や外食店で彼の曲はパワー・スピンされていた。経済的上昇を急激に進めつつある北京という場とジョン・メイヤーの凛と澄み切ったポップネスの合致はあったと思う。


 同時期では、ジャック・ジョンソンは穏やかなサウンドでその後のサーフ・ミュージックの波を掴み、ジェイソン・ムラーズはストリートから爽涼な存在感を示し、ライアン・アダムスも着実にその音楽性を研ぎ澄ませるなど、USのソロ・アーティストそれぞれの色を持ち、ガレージ・ロック・リヴァイヴァル、R&B、ヒップホップ、アイドル・グループに囲まれつつも、確実な芽吹きが出てきていた。


 そのなかでも、ジョン・メイヤーはひとつの時代を彩るイコンとして、グラミー・アーティストにまでなり、いわゆる優等生たる正道を行くかのように思えたが、彼自身の元来のメンタリティーや志向性と併せ、私生活のゴシップにメディアが付き纏うさまと反比例して、音楽性そのものは滋味深いものになっていったのは周知だろう。2003年のセカンド『Heavier Things』では、フォーキーな軽やかさからムーディーなR&B、ヒップホップ的なエッセンスを取り入れ、リズムを落とし、メロウな大人の音楽へと向かう過渡的な内容になっていた。


 ギタリストとしての腕も確かなスキルを持ち、歌声そのものも評価されている彼だが、2006年の『Continuum』 ではひとつのそれまでの極点を迎えたといえる。ゴスペル調の曲からブルー・アイド・ソウル、カントリーなどメロディー・メイカーとしての手腕は十二分に発揮された佳作であり、ただし、感情の内側の痛みや人生に纏わることを巧みなギターとともに歌う彼と、冒頭に筆述した2001年の眩さとの飛距離に戸惑いはなかったといえば、嘘になる。その前後、ジョン・メイヤー・トリオとして、スティーヴ・ジョーダン、ピノ・パラディーノという重鎮と巡ったツアーやライヴ盤でもそうだが、成熟の早さとリズムを落とし、スタンダードを往くさまは2000年代を通じ、頼もしさともどかしさの二律背反の感情をおぼえた。


 しかし振り返るに、『Room For Square』の冒頭曲でアルバムのなかでもキャッチーな「No Such Thing」で、《all of our parents They're getting older I wonder if they've wished for anything better While in their memories Tiny tragedies》(筆者拙訳:親もみんな老いてゆくんだよ 僕は彼らが生きてきた中でより良いものになったのかな 想い出の中だけなら少しの悲劇だよ)と、ほのかな無常観を忍ばせていたのを考えると、彼が探求しようとする場所は、自身を取り巻く枝葉末節のイメージ、偶像性で切り取られない純然たる音楽そのものだったのかもしれない。


 そうなると、30代になってからの作品群における、自在に愛的な何か、自然や普遍的なもの、喪失などのテーマについてより求心してゆく姿勢は身の丈によく合っている気がする。レイドバックとは悪い意味で使われる場合もあるが、作品単体と彼の目指すべき点がうまく合流している、そういう想いを強くさせる意味のもとで今作『Paradise Valley』に宿る枯れたリリシズムは美しい。


 喉の手術があり、声の心配もされたものの、放浪者のように、犬とともに広大な野原に佇む悠然たる姿のジャケットのとおり、確固たる手応えを感じさせる内容になっている。アメリカン・ルーツ・ミュージックへの探求と、漂流が併存しながらも、派手さ、賑やかさはここにはない。また、オルタナ・カントリーではない、カントリー・ミュージックそのものの持つ暖かみをさぐり、サウンドはよりフォーキーに、シンプルになっている。ケイティー・ペリーやフランク・オーシャンが客演した曲でも、滋味深さが残り、スモーキーで艶やかさが増した声がなぞるのは少し翳りを含んだ詩も多い。


 無論、彼のキャリア、セールス・ポテンシャルから考えれば、今作も十二分に市場に受け入れられるだろうが、この作品から、J.J.ケイルやレイナード・スキナード、ニール・ヤングやボブ・ディランはもちろん、音楽の豊潤な歴史の文脈を辿ってみるのも面白いと思う。


 情報過多な音楽もいいだろうし、ソリッドなサウンドはやはり今をリフト・アップしてくれる。ただ、少なくとも自分は"カントリーロード"をゆっくり歩んで家に帰るときには、こんな作品を聴いていたい。もはや、そんな道(現実)はなく、仮の慕情だとしても。


《But just remember on the way home That you were never meant to feel alone Just look me up, get back on the bus I'll see you next week if you need my trust》

(「On The Way」)



(松浦達)

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 数を信仰していたと言われているピタゴラス学派の人々は、一見無秩序的な宇宙にも、「ハーモニー」や「シンメトリー」(当時の言葉だと、「ハルモニア」と「シンメトリア」)といった数的なものに由来する美しき秩序が存在すると考え、追及をした。


 ということを、『Back On The Planet』を聴き終えた時にふと思い出した。先のピタゴラス学派の話には、ピタゴラスが「宇宙」のことを、ギリシア語ではもともと「秩序」や「調和」を意味する言葉として使われていた「コスモス(kosmos)」と、最初に呼び始めた人物だという背景があるそうだ。ラス・Gも、土星からやってきたジャズマン、サン・ラから影響を受けこともあり、たびたび作品を通して宇宙へ思いを馳せる。ベース、リズム、サンプリングといった様々な要素が入り乱れる無秩序的なトラックを、熟考を重ねながらナンバリングしていくことによって、アルバムという秩序ある形で、広大かつ深遠な空間を表現している。そんなラス・Gの姿が、どうやら頭の中でピタゴラス学派の人々とリンクしたようだ。

 

 ラス・Gは、《Brainfeeder》のアーティストたちの中でも・・・いや、もっと抽象度を上げて、LAビート・シーンの中で見ても、異質な存在といえる。それは、彼が「ポストJ・ディラ期のヒップホップ・プロデューサー」と「サン・ラのアフロ・フューチャリズムを受け継ぐ者」との中間で、絶妙なバランスを保ちながら活動をしているから。もっと言うと、サン・ラの思想と音楽性を受け継ぐ以前から、アフリカ回帰主義思想を持つラスタファリアンとして生活をしてきたグレゴリー・ショーター・ジュニア(ラス・Gの本名)が、ラス・Gというアーティストの揺るぎない個性を根源から作り上げているからである。また、多少大袈裟ではあるが「ラス・Gのアフロ・フューチャリズムを受け継ぐ者」、あるいは彼とその他のヒップホップ・プロデューサーとを接続する若手アーティストがなかなか現れないことも、彼の唯一無二性をますます強めているだろう(個人的には、パリで活動するアズ・ヴァレーに期待している)。


 オープニング・トラック「Back On The Planet」で、白煙とパーカッションの乱打に包み込まれながら、意識は一気に遠くへとワープする。「All Is Well...」になった時にはもう無重力空間。ぼかすだけぼかしたシンセ・サウンド、ローファイなメロディーとサンプリング、ポリリズミックなパーカッション、低周波のビートの錯乱が、体ごと奥へ奥へと引き込まれているような感覚を生む。ところが、「Along The Way...」や「_G Spot Connection」辺りから状況は一変する。別の空間に突入したかの様に、徐々にヒップホップ・ビートが目を覚ましていく。このゾーンでクートマの名がトラック名に使われているのも納得ができる。ただ、このヒップホップ・ゾーンはあくまで目的地への経由に過ぎず、「Astroid Storm...」を越えると、再びアフリカニズムが戻る。さらにフリー・ジャズ、サン・ラのスポークンワードも加わり、終盤にしてアルバムは混沌を極める。しかし、アルバムの目的地「Jus There...」に達した時、いつの間にどこで引き返したのか、意識と体はスタンダードなヒップホップ・ビートと共に、LAに足を付けている。もしかすると混沌としたアルバム終盤は、序盤から中盤を巻き戻していたからかもしれない・・・などと考え始めると、この作品の持つ秩序性はいかようにも考えられる気がする。


 今やレア盤になっている初作『Ghetto Sci-Fi』から5年、ラス・Gはいまだに不可思議な宇宙を求め続けている。擬似的にLAの地に足を付けながら、まだまだLAビート・シーンは熱いな、と思った。



(松原裕海)

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スピッツ『小さな生き物』.jpg

 スピッツは大衆のイノセンスを守り続けている。やさしい箱庭を支え続けている。彼らの演奏はときに彼岸の響きを帯びる。安易な希望を信じない地点から鳴らされている。君を忘れないと歌いながら、相手がすでに彼を忘れ去ったことを知っているのかもしれない。アルバムのタイトル・トラック小さな生き物は、生き続けることを力強く宣言するミディアム・テンポのナンバー。先行シングルさらさらは美しいアルペジオが繰り返されるうちに過酷な現実に直面する。途中で語りのような歌が挿入される展開に、歌詞を聴かずとも何らかの再生、あるいは来世のことが頭をよぎる。アルバム全体を通して聴くと、伝統的なブリット・ポップの通低音に、70年代サイケ・ロック、80年代AORからの借用など、様々な意匠がほどこされてはいるが、核となるテーマは一貫して変わらない。


 浮かんでは沈み現れては消えるような展開と音響処理からか、日本のシューゲイザー・バンドの源流と呼ばれることもある。ART-SCHOOLの木下理樹を始め、後続に与えた影響は大きい。最近ではスカートの澤部渡もその系譜につらなるだろうし、メロディーの癖のみならず精神性という意味では、UNISON SQUARE GARDENからも強い影響が透けて見える。普遍的なポップスへの貪欲な志向性に加えて、彼らの初期の代表曲「ガリレオのショーケース」の歌詞では、スピッツの「運命の人」で歌われた、コンビニで買えるような気軽な恋愛に対する皮肉が、そのまま受け継がれている。


 スピッツに話をもどす。理不尽なこの世界で生き続けなければならない、けれど僕は負けない。最初は純粋に自分たちの気持ちを歌っていればよかった。しかし商業的成功をへて、名もなき大衆ひとりひとりの孤独や不安、夢と希望を代わりに歌い続けることを余儀なくされる。安っぽい応援ソングのように高みから見下ろしてガンバレ! と投げかけるのではなく、自らも懸命に走り続けなければならない。3.11以降、震災後のムードさえ一身に引き受けてしまう。草野マサムネが倒れツアー・キャンセルしたことは象徴的だ。子どもたちや学生、全国の主婦、サラリーマン、かれらの日々の生活で蓄積されたストレス。それらがスピッツというスポンジに吸収されていく。


 ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文編集の新聞THE FUTURE TIMES5号で「震災の後、精神的ショックでメシがまったく食えなくなった」とマサムネは語っている。不安障害はかつての神経症とほぼ同義の概念である。統合失調症や躁うつ病と比べ、遺伝素因がそれほど明確ではない。つまり誰でも限度以上のストレスがかかれば罹る可能性があるのだ。不安への耐性も、何を大きなストレスと捉えるかも、人それぞれ。車に轢かれかけたために、仕事へ行けなくなるひともいれば、生死の境をさまよう大事故に巻き込まれても、何事もなかったように生活するひともいるだろう。しかし仮にどれだけタフで余裕のある精神を持ったひとでも、人一倍すぐれた感受性を兼ね備え、全てを受け入れていけば、いずれキャパシティー・オーバーしてしまう。すべては相対的な問題なのだ。マサムネが3.11以降の人々の不安を残らず感じ取り、身代わりとなったとしたら、その負荷は計り知れない。


 同じく『THE FUTURE TIMES』5号でマサムネはこうも語っている。「NO FUTUREというのは、未来がすごく見えてるから歌えたことかなと思います」。かつてその言葉を使ったパブリック・イメージ・リミテッドのジョン・ライドンは、現在は肯定的な希望を歌っているように思える。マサムネもやはり未来へ向かって歌い始めている。空に飛び立つこと、そして確かな足どりで旅に出ることについて。

 


(森豊和)