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grapevine.jpg ようこそ、ストレンジランドへ。

 この約1年半振りに届けられた彼らの通算11枚目のオリジナル・アルバムは、これまで彼らが『Sing』以降、追究してきた実験性と彼らが本来持っていたポップ・センスを兼ね備えた素晴らしいサウンドであるだけでなく、最早、一つの長編小説と呼んでも一切差し支えない豊満な文学性に満ちている。ロックやポップ・ミュージックを語る際に「文学」という言葉を使うことは、今となってはネガティヴなイメージを持たれることも少なくないが、ここでは、絶対的な賞賛と敬意をもって「文学」という言葉を使っていこうと思う。なぜなら、日本のロック・シーンにおいて、「文学的な」バンドというのは、本来、彼らグレイプバインを指すような肯定的な意味合いをもっていたはずであるからだ。
 
 架空の都市『真昼のストレンジランド』を舞台にした、このフル・アルバムにして長編小説は、例えばアメリカ由来の文学を米文学、イギリス由来の文学を英文学と呼ぶのが通例であるように、ストレンジランドの文学、すなわち「異郷文学」と言える作品だ。かつて、彼らはアルバム『Here』において「南行き」という曲を歌ったり、『Circulator』に収録されている「B.D.S.」をライヴで披露する際には「南部の男になってくれ!」のシャウトと共に演奏を始めたり、前作『Twangs』リリース前後にはテキサスのショーケース・ライヴ・イベント、SXSWに出演するために現地に飛んだりと、アメリカ南部ルーツのカラーを押し出してきたが、このストレンジランドもまさにアメリカ西海岸沿いのどこか南部地方をイメージさせる。でも、そんなことは実はこのアルバムに入って行く、ストレンジランドを旅する上では大した問題ではないのだ。実際に、アルバムを飾る「Silverado」がカリフォルニアの小さな街だと知っていても、曲中に出てくるアルバカーキが、今ではポートランドを拠点に活動しているザ・シンズの本当の故郷としての街であることを知っていても、だ。だって、思い返してもみてほしい。彼らの7枚目のフルアルバムが『deracine』という、フランス語で「根無し草」を意味する言葉であったことを。そして、そこには「放浪フリーク」なんて曲すら収録されていたことを。ここでは、乾いた文学性をもった一人のピカロによるストレンジランドの放浪記が記されているといったところで十分だろう。
 
 デビュー当時から様々な文学作品からの引用、影響を公言しており、実際に不条理文学を思わせる『Everyman Everywhere』というミニ・アルバムをリリースし、モーパッサンをユーモラスに取り上げつつファンキーな女性を歌った「マダカレークッテナイデショー」をリリースするなど、挙げだすとキリがないほどの文学的素養に満ちた数々の作品を歌ってきた田中和将であるが、今作も「ヘミングウェイ」や「ピカレスク(文学)」といった言葉を用い、「This town」においては何と作中作を表す{}という記号すら使っている。小手先だけの器用さで、そういった手法を用いることはできたとしても、恐るべきことに、歌詞全体を見渡しても情景的かつ叙情的な「詩」が成立してしまっていることは、最早、彼らのファンにとっては、自明の理でもあるが、もう一度、それを思い返させてくれる完成度を保っている。アルバム最終曲であり、先行シングルである「風の歌」、現時点での彼らの到達した珠玉の一曲は、そんな文学性と彼ら従来の王道的なサウンドが渾然一体となった新たな名曲である。

 サウンド面についても見てみよう。冒頭でも紹介した通り、今作は近年の彼らの実験性と初期の彼らが持っていたメロディの良さが混ざり合った上で、田中の圧倒的に表情豊かなボーカルがのった、「歌」のアルバムである。元々はルーツ・ロックに根ざしていた彼らではあるが、『From A Smalltown』リリース以降から、田中をはじめとしたメンバー全員がバトルズやウィルコからの影響を公言するようになり、『Sing』から『Twangs』にかけては、グリズリー・ベアやダーティ・プロジェクターズをフェイバリットに挙げたりもしていたこともあって、『Twangs』はブルックリンの雰囲気を彼らなりに消化した作品だった。そこには、彼らの昔からのファンを困惑させるようなきらいもあったことは否めないのだが、今作はそんな従来のファンをも掬い上げながらも、実験性も併せ持った堂々たる一枚と言えるだろう。アルバムのリード・トラックであり、フレーミング・リップスを意識したという「真昼の子供たち」は、そんな彼らの実験精神とポップネスが見事に融合した曲であるし、ベック『Modern Guilt』から影響を受けたという「ミランダ(Miranda warning)」などは、静寂と躍動による臨場感に溢れた曲であるし、タイトルからして陰美な響きをもつ「Sanctuary」は80'sゴスっぽい妖艶さを現代のエクスペリメンタル感をもってうまく表しているし、「夏の逆襲(morning light)」などはインストかと思いきや、たった2行の歌詞とどんどん広がっていくサウンドでいつまでもリスナーの心を掴んで話さない曲となっている。非常に触れ幅が広いにも関わらず、どれもポップで聴き辛い曲がないのだ。
 
 さて、アルバムを聴いてみよう。ストレンジランドを旅してみよう。そこで気付くはずだ。このストレンジランドこそ、自分自身の内面世界であることを。そう、これは、ストレンジランドの放浪記であり、あなた自身の放浪記であるのだ。しかも、もちろん、それは「自分探し」なんてものじゃなく、あくまで異郷探訪である。つまり、自分自身の内面と不条理な世界、あるいは認識していなかった自分自身とが混ざり合う地点で書かれたあなたの探索レポートなのである。あなたは、その道中で一つ一つの場所や出来事や人に出会い、そしてそこからまた進みだして行く。その出来事の奥へと足を進めるかも知れない、あるいは全く違う別の場所へと向かうかも知れない。それでも、「悲しいほど道を描いて」ゆきながら、「散らばってくそれぞれに理屈を抱えて、ただ元の場所にさよならを言うんだ」。

 この異郷文学は、彼らのお得意の手法であるこんな寸止めで終わる。《風に吹かれて、たった一つの》。「たった一つの」何だろう?それは、このストレンジランドを歩んできたあなた自身の放浪記に既に記されているはずだ。

 長く書きすぎましたね。とにかく、あなたのすぐ目の前にストレンジランドは広がっている。そして、あなた自身の「たった一つの」は、そこにある。さあ、行ってらっしゃい。

(青野圭祐)

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the_veils.jpg いまも活躍しているバンドでいうと、丁度ディレイズとデビューの時期が同じだったヴェイルズ。ディレイズはとろけそうになる美メロと少ししゃがれたハイトーン・ヴォイスが魅力として語られていて、日本の音楽誌も大々的に取り上げた。一方、ヴェイルズはスウェードのブレット・アンダーソンとバーナード・バトラーを合わせたような(ちなみにファーストのうちの何曲かはバーナードがプロデュースしている)、妖艶なオーラを放つヴォーカルのフィン・アンドリューの存在感がとにかく強烈だった。「Lavinia」というファーストに収録された一際スロウでムーディーな曲のビデオで彼がカメラをじっと見つめながら「舐める」ように歌い上げる姿は、まさに偏狭なナルシストを連想させた。ラフ・トレードの創立者であるジェフ・トラヴィスは彼を指して「現代のニック・ケイヴか、デヴィット・ボウイだ」と絶賛し(私は後者の引用に大賛成である)、ファーストはヨーロッパを中心にヒットした。サウンドの話をすると、ディレイズがパーッと草原に太陽の光が降り注ぐ「陽」の美メロだとしたら、ヴェイルズは深く長いトンネルの先からかすかな光が差し込んでくる「陰」の美メロ。

 だがやはり圧倒的なカリスマ性を持つ者の宿命というべきか、他のメンバーはファーストをリリースしてすぐにフィンの元を離れていった。フィンは仕方なくソロでツアーを続け、起死回生のセカンドをリリース。ファーストよりも希望の光がすこし多めに配分された同作はなかなかの良作だったが、そのころには日本でヴェイルズの名前を見聞きすることもほとんどなくなっていた。相変わらずヨーロッパでは根強い人気があるようだけれども。サードもよかったな。やっぱりこの人はメロディに残酷っぽい綺麗さがあって、スウェード好きなら絶対に次を託したくなるし、毎作聴かないではいられないタイプのアーティストだと思う。細身のスーツでハット被って一人舞台に立つ姿は、けっこう物悲しいよ。まあ、いまはバンド・メンバーもいるんだけどね。でもやっぱりこの人は一人だよ、ずっと。

 新作EPの内容だが、「The Stars Came Out~」でスプーンのような男前なイントロが聴こえてきた瞬間には「大胆な変化作」を想像したが、Aメロのあとすぐにオーロラのようなアルペジオが流れ込んできたので、「ああ、やっぱり」と安心してしまった。やはり彼は彼のままでいてほしい。ほかのアーティストには「冒険したら?」とか偉そうなことを思ったりもするが(ホワイト・ライズの新作とか)、ヴェイルズの核は変わらないでいてもらいたい。「リスナーとアーティストの依存関係」と書くといまのJ-Rockみたいでものすごく嫌だが、彼のメロディに寄り添いたいと願う瞬間はたしかに何度もある。ヴェイルズは僕のためにずっと音楽をやっていてくれ。

 今回はT-Rexを彷彿とさせるヴィンテージ趣向で色気たっぷりなナンバーもある。全曲ほんとうに良い曲ばかりで、かといって金太郎飴でもない。iTunes storeなら900円で買えるので、「せっかくこんなに長い文章を読んだんだから」と思って聴いてみてください。

(長畑宏明)

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toku_ken.jpg 故・大里俊晴氏が言及していたように、そもそも、ポップ・ミュージックは芸術音楽のコンテクスト内でアヴァン・ギャルドの死や前史の繰り返しをしてはならないというオブセッションなど無かった。元来、膨大な引用と編集で成り立っていた"ポップ"には前衛性を気取った閉じた実験室での大衆性に背を向けた行為性とは疎遠であるべき筈で、今さら、紋切り型のクリシェで原典を差し当てること自体に意味がない。それよりも、その周囲を巡りながら、ポップ・ミュージックの擬態の先を可視化する行為が肝要だと思う。行為としては、反動の場所からではなく、よりマージナルに立脚する必然が要る。前衛と普遍のマージナルな場所からこそ浮かぶ音楽がある筈であり、"それ"を規定するコードを読み解くには膨大な音楽のバック・カタログが生み出してきた誤差を鑑みる必要性が出てくる。「誤差」とはドゥルーズ=ガタリが言うところの「あまりにも意味作用的な連鎖の束縛から脱するための、断絶状態の音響性」も孕んでくるとしたならば、昨今の日本でのフォーク・リヴァイヴァルを担う七尾旅人や前野健太のような形式は、非属領化されない「声と言語」を持っているという文脈で繋がってくる。一回性が持つ美しくも儚い「個として」の人間の想いが今、ポップに普遍に拓かれるためには「詩の音楽」へと還らないといけないのかもしれないからだ。「詩の音楽」とは、単純な私小説のような音楽をすり抜け、彼岸の聴き手を望む。徳永憲の新作『ただ可憐なもの』に宿るものもまさに「詩の音楽」である。

 彼の98年のデビューアルバムである『アイヴィー』はブレイクこそしなかったが、確実に一定の層には傷痕を残した。98年といえば、最近、デラックス・エディションとして再リリースされたパラダイス・ガラージ『実験の夜、発見の朝』を筆頭に、田辺マモルの『田辺マモルのヤング・アメリカン』、高橋徹也『夜に生きるもの』、小島麻由美『さよならセシル』など良質なシンガーソングライターの作品が多く、彼の『アイヴィー』も不機嫌そうに並んでいた。アシッド・フォークを思わせる曲の中に立ち込めるリリシズムはシド・バレット、ニック・ドレイク、エリオット・スミスのような危うい儚さがあり、同時にまた、フォーク・インプロージョン『ワン・パート・ララバイ』やヘイデン『エブリシング・アイ・ロング・フォー』にあったようなザラッとしたローファイなサウンド・メイクからはオルタナティヴなシンガーソングライターとしての一面をリプレゼントしていた。歌詞は、寓話性と詩的なフレーズに溢れているが、《君のことを台無しにしてやりたい》(「優しいマペット」)、《ジャイアントパンダは早く子供を作れ》(「オートマチック・ラブラブマシーン」)のようなシニシズムとサーカズムに満ちたフック・ラインがふと浮上するという捩れた世界観が呈示される。その詩世界は今も一貫しており、詩自体への巷間の評価も高い。『アイヴィー』の「低温の好戦性」は世間には大きく受容されたという訳ではなかったが、一定のファンと確たる評価を得た。その後も堅実に音楽活動は続き、前作にあたる08年の『裸のステラ』ではホーンの取り入れ方など音空間にもグッと奥行きと色彩が出てくるとともに、箱庭的且つ神経症気味な世界観が確立された力作になっていたのは記憶に新しい。
 
 7作目となる『ただ可憐なもの』は一聴、シンプルで、原点回帰のようなところもありながら、これまでとは違う奥深さとたおやかさがある。また、ソロ活動と並行して01年から組んでいたバンド、チェルシーボロ(09年に解散)の曲も幾つか入っていることから、インストゥルメンタル、バンド・サウンド、内省的なフォーキーなサウンドが併存するという形で、絶妙にソロ・キャリアを総括しているともいえる。そこに、折れそうな彼の繊細な声とシュールな歌詞が乗り、仄かに《1万台の大砲がこっちを向き/君の何たるかを狙う》(「ウサギの国」)、《誕生日がきて子供は思った/自ら祝うほどのことではない》(「ハッピーバースデイ」)という特有のセンスに満ちたシニカルな視線が浮き上がるのも面白い。しかし、そういった作為性よりも、過去に《いつまでも生きていたい》と歌っていたように、早く「この場所」を抜け出したいという欲動が今作では先立っている。"このボートじゃ何処へも辿り着けない"という意識を持ちながらも、「どこか」を目指そうとする、その焦燥感が最後には小文字の「君」に捻じれながらも収斂してゆく流れが美しい。その「君」を通り越す訳ではなく、向かい合うために「この町を出ないといけない」という構造は彼自身が描いた「ただ可憐なもの」へのリゾーム的な思考を照射する。

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 鈴木慶一、直枝政広、青山陽一といった錚々たるアーティストが彼のホームページで称賛を寄せているように、ミュージシャンズ・ミュージシャンとしても常々評価が高かったが、今作でのフォーキーなサウンドを基底にした前衛性とポップネスの巧みな均整は、近年のフォーク・リヴァイヴァルの趨勢の流れとのシンクロする部分も感じさせる。ただ、「ボート」のような7分を越える重厚なロック・チューンやトクマルシューゴにも繋がるトイポップなど多様な曲が入っており、既存のリスナーやファン以外にも十二分にアピールをするポップな底強さを持っているのも印象深い。そのバラエティーの富み方をして、色彩豊かというよりはモノクロ画が持つ深みに近く感じるのは如何にも彼らしいが、キャリアを重ねてきてもぶれることのない軸がここにはあり、今こそ正当な評価軸を敷くべきだという気もする、凛然とした彼の反骨精神に貫かれた秀作である。

(松浦達)

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ichikoaoba.jpg どんなシチュエーションで聴いても、自分の耳に真っ直ぐ届く声というのは間違いなく存在する。僕自身何かの片手間に音楽を聴くということもあるのだが、その片手間の作業を止めて聴き入ってしまう声。五島良子や七尾旅人、それから石橋英子などが僕にとって聴き入ってしまう声の持ち主だ(もちろん他にもたくさん居るけど)。そして、『かいぞくばん』と名付けられた素晴らしいライヴ・アルバムをリリースした青葉市子という女性も、僕にとって聴き入ってしまう声の持ち主のようだ。

  僕が青葉市子の音楽に出会ったのは、彼女のファーストアルバムである『剃刀乙女』だ。すべてを出し尽くしたかのような音楽が詰まっていて、現実と幻想が入り混じってできたような世界観にすごく興味がそそられた。一番驚愕させられたのは「重たい睫毛」という曲だ。「僕らは嘘で庇い合い許し合い」「人は誰かをナイフで突き刺しながら歩んでゆく。それが命の定め」なんて言葉が出てくるんだもの。しかしそんな毒色が強い言葉を、青葉市子はユーモアと優しさでもって歌い上げる(まあ、僕にとっては呻き声に聞こえるときもある。だがそれは、美しく力強さすら感じる呻き声だ)。だからなのか、不思議と暗かったりしないし、殺伐とした空気もない。寧ろ胎内にいるような温もりを感じる。

『剃刀乙女』からの曲である「不和リン」から始まる『かいぞくばん』。「出会い系サイトで女の子を引っ掛けては、遊んで暮らしておりましたとさ」という語り口が日常の風景を鮮明に想起させる「光蜥蜴」。『檻髪』のなかでも屈指の名曲である「灰色の日」「繙く風」が続き、「ポシェットのおうた」である。これは『剃刀乙女』に収録されている曲の中でも、特に好きな曲。なぜか僕の恥ずかしい青春時代がフラッシュバックされ、久しぶりに初恋の人に会ってみたい気持ちになってしまった(実際電話して会いました)。「ココロノセカイ」は、青葉市子が初めて作曲した曲であり、僕にとってのベストソングでもある。この1曲しか演奏しないとしても、この1曲をやるんならお金を払いたくなる。ありきたりな感想だが、「ココロノセカイ」を聴くと必ず風向きが良い方向に変わる。ほんの少しだけ時間が止まったような感覚に襲われ、それと同時に心をくすぐられ余裕を与えてくれる。

「イソフラ区ボンソワール物語」は、今のところリリースされている音源のなかでは『かいぞくばん』でしか聴けない。これは笑える。最高に笑える。簡単に言うと、「巨乳にだけはなりたくない」と歌っている歌だ。しかも結構的を得たことを歌っていて、巨乳好きじゃない僕にとってはすごく頷ける歌。しかも曲が良いのだから、素晴らしいとしか言いようがない。そして最後は「日時計」で『かいぞくばん』は幕を閉じる。僕は何度か青葉市子のライブに足を運んだことがあるけれど、お客さんを楽しませることを忘れないプロ意識とサービス精神を持ったアーティストだ。MCもすごく面白いし(僕はさだまさしのMCよりも好きだ)、青葉市子の曲を聴いたことがない人も楽しめるエンターテイメントとして機能している。声とギターだけで壮大な空間と世界観を作り上げることができるし、それを支える確かなソングライティング能力と演奏力があり、ユーモアやサービス精神もある。青葉市子は、七尾旅人と一緒に語られるべき才能を持ったエンターテイナーだ。

 そして僕は、『かいぞくばん』を聴き終わったときこの一節が頭に浮かんだ。

「太鼓に対する君の指の一触があらゆる音をおびき出す、そして新しいハーモニーを始める」(アルテュール・ランボー「或る理性に」より)

 青葉市子の場合は太鼓ではなくギターだが、彼女の指がギターの弦に触れるとき、あるいは歌を歌い始めたとき。音数は少ないはずなのに、その少ない音によって作られる隙間からはとてつもない量の情報が流れ込んでくる。風景や匂い、言葉、他にもたくさん。ライヴを観る度に感じるのは、他の観客と乖離していくような感覚だ。隙間だらけな青葉市子の言葉と音、そこに僕が今まで体験したり見てきたものがシンクロして、ある種の「君と僕」みたいな空間が生まれ、その空間で青葉市子と語り合っているような錯覚に陥るのだ。しかしそれは圧倒的な力で支配されるような類ではなく、魂が体という器から離れ浄化されてゆくような心地良ささえ感じる。つまり、青葉市子というアーティストは「僕」や「私」が居ないと成立しない存在であり、それは本来の意味での(受け手と送り手が同時に存在しないと成立しない、受けての経験によって送り手の「オリジナル」に新たな情報が付随され別の作品となりえるという意味での)「芸術」そのものではないだろうか。

 青葉市子とはあなたの中にだけ存在するアーティストであり、そのあなたの中にだけ存在する青葉市子は無数に存在する。

(近藤真弥)

*本作はototoyのみで配信販売されている。【筆者追記】

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the_captive_hearts.jpg イギリスはグライムやダブステップなどダンス・シーンが面白い。ロック・バンドには元気がない。現在の4AD(もちろんイギリスのレーベルだ)を取り仕切る社長、サイモン・ハリデーをしてそのような趣旨の発言を残すなど、今ではこういった論調が多くの音楽ファンのあいだでも共通認識となっている。そんななかでも、いやいや若干の古臭さに目をつぶれば、聴くべきバンドは今のイギリスにも結構いるぞ...と改めて思わせてくれたのがこのEPだ。もっとも、彼らはフレッシュな新人とは言い切れない、なかなかの苦労人でもあるのだが...。

 ザ・キャプティヴ・ハーツ(The Captive Hearts)を語るには、ヴォーカル/ソングライターにして中心人物であるマーク・フリスがかつて所属したザ・トルバドールズの話題を避けて通れない。「吟遊詩人」という純朴なバンド名どおりの、ブリティッシュな気骨と味わいを併せ持ったバンドだ。イントロの甘酸っぱいギター・カッティングにつづき、軽快なビートとアンサンブルに合わせて高揚感溢れるメロディがどこまでも広がっていくデビュー・シングル「Gimme Love」で、プロデュースを手掛けたあのジョン・レッキー(80~90年代のUKロック最重要人物のひとりですね)をも虜にさせ、イギリスのメディアも注目した。しかし、一番食いついてきたのは美しいメロディに目のない日本の音楽ファンで、08年サマソニ出演、単独来日ツアー、本国ではついに陽の目をみることのなかったフル・アルバムまでリリースと圧倒的な支持を獲得。その後は相次ぐメンバーチェンジのすえに活動停止、ついに解散...と実力に反した寂しい末路を辿ってしまったが、抜群の作曲能力を誇るマークはこうして4人組の新バンドを引っ提げ、再びその天賦の才をアピールしている。

 先述した「Gimme Love」の流れも少し汲んだ、瑞々しくキャッチーなコーラスの掛け合いも印象的なオープニングの「Hummingbird」一曲を聴いても、ザ・トルバドールズ時代と変わらず、奇をてらうことないメロディ一本勝負を継続しているのがわかる。誰もが比較対象として思い浮かべるのはラーズだろう。バンドのホームページからもDLできるミドル・チューン「Set My Soul On Fire」は、イントロのフレーズから、多少のサイケデリック感も備わった淡い音像と哀愁漂う歌メロまで、ラーズの「There She Goes」と同じ匂いがする。ハーモニカの響きも印象的だ。年齢と経験を積み重ねたことを実感させる渋みと旨みが滲んだ「Je Vous Aime」や「Something's Coming Over Me」といったアコースティック・ナンバーも心地よく聴けるし、6分近くの尺で高らかに歌い上げる「Hallowed Heartbreaker」は徹頭徹尾ドラマチック。とにかくいい曲が揃っている。

 アメリカ勢に圧されぎみなイギリスのロック・シーンでも、かの国の伝統であるノスタルジックでエバーグリーンなメロディへの渇望はきっと高まってくるはず。もう20年くらい早くデビューできればマーク・フリスは才能に見合った賞賛をより集めることができたかもしれないが、2011年の今でも得がたい存在として、このバンドの価値を声高に主張したい。

(小熊俊哉)

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brmc.jpg 2010年を総括するにあたって非常に重要な一枚がここにある。BRMC待望の新作、メジャーEMIから離れてのリリースだ。こんなに力強くロックである作品は他にない。ボロボロに使い込んだようなジャケやアートワークが手に取るものを喜ばせるこの一枚は、ロバート・レヴォン・ビーン(Vo. / B.)が読んだ短編集のタイトルの一つである"ビート・ザ・デヴィルズ・タトゥー"という名前が付けられ、同タイトルの曲が冒頭を飾っている。大変勢いの良い曲だ。

 中には「EVOL」という曲もある。これは間違いなく"LOVE"の逆さ綴りだろう。かつてソニック・ユースが同名アルバムを作ったことがある。そこにはどんな思いがあっただろうか? ソニック・ユースはラヴ・ソングを歌わない。だが否定は一切していない。ラヴ・ソングを歌わない彼らなりのラヴ・ソング(アルバム)を書くとしたらどうなるか? その最初の答えが"EVOL"だったのではないかと推測する。ではBRMCはどうだろう? 筆者が"愛の三部作"と呼んでいる3つのシングル「ラヴ・バーンズ」「スプレッド・ユア・ラヴ」「ウィーア・オール・イン・ラヴ」をはじめ数々のラヴ・ソングを歌ってきたBRMC。そんな彼らが何故、今「EVOL」という曲を歌うのだろう? そこにどんな愛の裏返しがあるというのだ? 今回ロバートの曲が目立つ中、これはピーター・ヘイズ(G. / Vo.)なりの何らかの主張なのだろうか。

 また中盤の「ママ・トート・ミー・ベター」は実際に日本でのライヴでも披露したが大合唱間違いなしの耳に残るフレーズが特にキャッチーなロックをかましており、とにかく最高。ピーターのギターも高音で煽りながら唸らせる。熱いロック、ここに在り。

(吉川裕里子)

*インタヴューはこちらに掲載されています。【編集部追記】

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astor_piazzolla.jpg 晩年期の"アメリカン・クラーヴェ"に残した作品が高音質で再発されるなど、俄かにアストル・ピアソラの界隈が賑やかしい。それは、ピアソラ自身が遺した音が今でも耐久度を持っている、とか、今こそ新しい解釈を迫るものである、といった理由ではなく、「現代音楽内でのピアソラ」をポストモダンの瀬で切取り線を敷こうという些か野蛮な試みの一環である気がしてならない。『タンゴ・ゼロ・アワー』以降なのか、『12モンキーズ』以降なのか、菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール以降なのか、その境界の「線」は分からない。それでも、その「境界線」の上では無数の言葉が行き交い、多くの人が改めてタンゴをイメージしてみたのは確かだろう。

 多くの人がイメージする「タンゴ」が帯びる表層的なエレガンスの裏には歴史の暗みと深みが広がっており、その「暗み」の背景では、ダンス文化とローカリティーが鬩ぎ合っており、19世紀末頃のアルゼンチンのブエノス・アイレスという港町でヨーロッパからの移民たちや少し世間の道を外れた人たちがキューバ伝来のアバネーラにアフリカ系の祭祀性とアルコールを入れて、野放図なダンスする度に零れ落ちる切なさが気化していた。その気化するまでの切なさを少しでも紛らわせるように、バンドネオンのダイナミクスが必要だった訳であり、最初はフルートやヴァイオリンといったものが基調になっていたが、アコーディオンでないとダンスに「間に合わなかった」とも言え、そして、ヨーロッパからの移民たちの故郷喪失者ゆえの切実な想いがタンゴへ仮託(マップ)されることとなり、よりタンゴという音楽は哀愁とヘビーな情感を孕むことになった。その情感が今でもタンゴをときに、悲痛な音楽形式へと引っ張る。

 しかし、こういう側面もある。第一次世界大戦がもたらせた好況なども合わさり、20世紀に入った頃にはブエノス・アイレスは急激に発展し、タンゴを取り巻く環境も変わっていき、人口が増え、ダンスホールなどを中心に盛んに踊られるようになり、人々の娯楽としてブエノス・アイレスの代表する音楽となってゆき、それを見たヨーロッパの人たちが、ヨーロッパ大陸へと運んだ。ヨーロッパに渡ったタンゴは、「コンチネンタル・タンゴ」として編成のスケールが大きく、いわゆる社交ダンス用にモダナイズされることになったということ。このタンゴがエキゾチシズムとして現代に希釈されて、幅広く流通しているのは紛うことない。また、タンゴという音楽自体の「人気」に関して言うならば、40年代から陰りは見えてきていたものの、フリオ・デ=カロからオスバルド・プグリエーセ楽団に至る流れが、アルゼンチン・タンゴの暗みとセンチメントをより「正統」に引き継いでいた。となると、既にそれなりの歴史があったアルゼンチン・タンゴを担い、ときに実験の材料にしたアストル・ピアソラという存在は、タンゴの歴史下での異端者として捉えるべき存在になるのだろうか。僕はそうは思わない。「純正なる冒険者」であり、モダニストという側面から見るのが正しいのかもしれない、と思っている。彼は貪欲にタンゴという音楽を向かい合い、その結果、モダンネスの中でタンゴを「再発見」したとも言える可能性もあるからだ。

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 少しバイオグラフィーに触れよう。アストル・ピアソラは1921年の3月11日にブエノス・アイレス州マル・デル・プラタで生まれているが、幼少の頃はニューヨークで過ごしているのもあり、タンゴ自体への距離感さえ持っていた。8歳の頃に父親からバンドネオンを買い与えられて、少しずつフォルクローレやクラシックを練習し、腕を上げていった。タンゴの持つ可能性に気付いたのはラジオで聴いたエルビーノ・バルダーロ楽団の演奏だったという。

 そして、アニバル・トロイロ楽団への参加、アルゼンチン・クラシック界のアルベルト・ヒナステーラへの師事、フィオレンティーノの伴奏楽団の指揮者、その楽団を発展させたオルケスタ・ティピカを経て、その解散後の50年代に入ってからは他の楽団への作曲、編曲などの過程で、「パラ・ルシルセ(輝くばかり)」、「タングアンゴ」、「トリウンファル(勝利)」、など幾つもの意欲的な曲を残した。印象的なのは、その時点で既に管弦楽からのアプローチが為されるなど、クラシカルな因子が見えるということだ。例えば、それは女性歌手のマリア・デ・ラ・フエンテの伴奏楽団の編曲指揮を手掛けていた時期に作曲した「手の中の天国」、「同罪」、「フヒティーバ」の三曲にも含まれている。1954年に彼は奨学金を得て、パリに留学し、ナディア・ブーランジェに師事し、「クラシック作曲家としての道」を進もうとするものの、彼女から「タンゴを極めた方が良い」との助言を受け、この年、16曲(自作曲含め)をパリ・オペラ座の楽団員たちと録音している。1955年の『シンフォニア・デ・タンゴ』でその一部を聴くことができるが、粗さの中にも彼のタンゴへの情熱の原点となるものが含まれている好盤である。
 
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 パリからアルゼンチンに帰国した1955年といえば、タンゴはもはや大衆文化と密接に結びついている音楽ではなく、チャック・ベリー、リトル・リチャード辺りのR&B~ロックンロールという様式がユース・カルチャーを中心に芽吹きだしている中で、旧来的なタンゴという音楽が持つダンス・ミュージックとしての有効性は低くなってもいた。そんな時代を背に、ピアソラはブエノス・アイレス八重楽団(オクテート・ブエノス・アイレス)と弦楽オーケストラの二つを結成する。前者はすべてインストゥルメンタルであり、ジャズ界から参加したオラシオ・マルビチーノのエレキ・ギターも入った前衛性を持ったものであり、後者はほぼ既成曲をホルヘ・ソブラルが歌うというもので、この二つの活動に関しては巷間の「真っ当な評価」が殆ど伴わなかった。その傷心を受けてか、ニューヨークに居を移し、再び1960年に帰国して組んだバンドネオン、ヴァイオリン、ピアノ、エレキ・ギター、コントラバスからなる、キンテート(五重奏団)を結成し、愈よ活動が軌道に乗ることになってゆくが、以降の作品群は比較的、手に取り易く、録音も良いものも多く、評価軸も定まっているような部分も強い。

 だからこそ、僕自身としては、オルタナティヴとしての突端であった初代オクテート・ブエノス・アイレス時期の『Octeto Buenos Aires』の孕む艶やかさと荒さの共存した独特の音を推したい。今の耳で聴いても、面白く、発見があると思う。ピアソラのバンドネオン演奏自体の豪放さ、「Marron Y Azul(栗色と青色)」といった名曲含め、過度な前衛性に傾ぐ寸前でハンドルを切り返す様な危ういバランスも楽しむことができる。マテイ・カルネスクの言に沿うならば、モダニズムとは美を決して変わることのない永遠の価値とするのではなく、不断の変化、「新しさ」を追求して常に前進し続ける運動の形態と捉えることが出来る。ピアソラのオクテート・ブエノス・アイレスには、「新しさ」があるからこそ、多少の無愛想さと厚顔、加え、青さも見受けられる。しかし、芸術において起こりうる唯一の過ちが模倣であるとしたならば、ここでは模倣としての芸術が陥りがちな不遜さを周到に回避しながら、凡庸なラジカリズムへの忠信よりももっと性急な「前進」への欲動がおさめられている。

 晩年の高評価、また、再更新されてゆく彼を巡るイメージを出来る限り迂回するように、1955年前後の彼の活動及び作品の持っていたパトスを主題に置いて、「それまで」を書いたのは、どうしても、作品としては80年代の五重奏団によるものが薦められやすく、『タンゴ・ゼロ・アワー』など形態を変え、何度も再発されることもあり、それ以前の「音源」自体がどうにも正当に評価枠に入りきれない気が個人的にしているからだ。80年代以前でも、60年代での五重奏団での形式でようやく彼が掴んだ手応えやその熱が収められている1965年の『ニューヨークのアストル・ピアソラ』であったり、70年代に入ってからの、1970年の『レジーナ劇場のアストル・ピアソラ』での「ブエノス・アイレスの四季」への対峙の仕方、1974年のイタリア期の『リベルタンゴ』など十二分に美しさと強度を兼ね揃えた傑出した作品も多い。それらの作品群が示唆するのは、トラディショナルなタンゴを内破していった革新者としての側面や現代音楽からのアプローチで彼の音楽を捉えるにはあまりに御座なりになってしまうということだ。例えば、バンドネオン奏者として活躍する小松亮太氏の09年のピアソラのベストの選曲などは潔く、円熟期の彼ではなく、野心を持っていた時期の作品をメインに纏め上げていて、僕は好感が持てたが、タンゴとは、やはり額縁で眺める歴史資料ではなく、その音自体が放つ猥雑で官能的で、それでいて、ダイナミック且つ繊細な要素にこそ、魅惑を感じるべきだという気がするとともに、現在進行形で新しく発見されてゆくような「活きた」音楽なのだとも思う。

 確かに、ピアソラは大衆のための音楽としてのタンゴを藝術の領域まで高めた偉大なる功労者かもしれず、音楽そのものを「眺める」だけでも十二分に感じるものがあるが、彼のステージングを映像を通してでも観たことがある人なら、張り詰めたテンションに鳴動させられたと同時にそのクラシックな佇まいに思うところもあったと察する。ピアソラを巡る解釈や想いは聴取者の数だけ何通りでもある分だけ、様々なコンテクストを踏まえた上で余計なバイアスやイメージを除いて、挑むべきなのだろう。

『Octeto Buenos Aires』の持つ尖りは今なお喪われていなく、ここでのピアソラはポストモダニズムの手の平の上でスポイルされてしまうような匿名性の強い音を見事に回避している。

(松浦達)

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 60年代前半における英米シーンでのブルーズ/フォークというルーツ・ミュージックの再発見の過程で、ビートニク、パンク、プロテスト精神の切れ端が散らばっていた。その切れ端を掻き集め、《ファクトリー》の中でアート・ロック方面に拡張したのがルー・リードであり、商業主義として昇華させたのがアンディ・ウォーホールだったとしたならば、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド(・アンド・ニコ)のバナナ・ジャケットのアルバムに詰められた音の設計図を担っていたキーマンはジョン・ケイルだという気がする。あの作品が示す全能的且つ前衛性に詰め込まれた熱の中には、ビートニクからヒッピーイズムへのパラダイムの変化における軋みとアンダーグラウンド・シーンで呻いていた名もなきアーティストたちの声が拾い上げられていたからこそ、尽きない魅惑を今でも持つ。同時に、耳が馴れてきても、明らかに歪みとバランスがおかしい音像を持つあのサウンド・メイキングに加担した「彼」は、クセナキスに師事をし、ドローンへの興味を持ちながら、ラ・モンテ・ヤングの"The Theatre Of Eternal Music(永久音楽劇場)"にも参加し、トニー・コンラッド、アンガス・マクリース、マリアン・ザジーラといった面々と共に、即興演奏を行なったりもしていた。そして、ヴェルヴェッツの骨組みのサウンドの中でケイルのヴィオラやベースが空気を切り裂くとき、そこの亀裂から向こうにニコの倦怠感に溢れた声もルー・リードの闇の詩情も立体的に浮かび上がった。 

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 10年代において"ジョン・ケイルとしてのザ・ストロークス"を想起してみると、繋がる線がある。今回のシングル「Under Cover Of Darkness」でも、過去の代表曲である「Hard To Explain」や「Last Nite」を思わせるという"バック・トゥ・ベーシック"の要素に言及するよりも明らかに奇妙なサウンド・テクスチュアに耳を向けることに意味がある気がするのも事実だ。ミニマルなリズムのドラム、淡々としたベース、予定調和を破るようなギターのフレーズ、低温を保ち続けるボーカル、静かに「熱が籠る」ムード。この出口が埋め立てられた構図は、ロックンロールというフォーマット下で判断すると、「味気のなさ」にも換言できるだろう。それでも、聴いていると、静かに皮膚の裏側から込み上げる何かがある。

 確信犯のようなローファイ、美学にも近いニヒリズムでNYパンクを再写したザ・ストロークスが現れたとき、僕はすぐには乗れなかった。何故ならば、99年頃から、ダンス・ミュージック、先鋭的なR&B、ヒップホップが世界を席巻し、ロックというジャンルでは線の細いギターロックやモダン・へヴィネス、ポスト・ロックといった音が地味に存命していた、その中で、カウンターだったのかも分からないくらい、情報量を最小限に絞った音で01年に、『Is This It』(これはそれ?)とシーンに向けて憮然とロウに問いかけた様は、スタイリッシュでクールであったが、メディアが作り上げた出来すぎたハイプ(幻像)なのかもしれない、とも思ってしまったからだ。加え、ニューヨークから出てきたというのもあり、ヴェルヴェッツ・チルドレンとしての枠内やテレヴィジョンとの近似性で語られ、囲い込まれてしまうことが多かったのに引いてしまっていたのもあった。

 そこから、フォトジェニックなヴィジュアルやイメージ先行な様を覆すようにライヴでの良質なパフォーマンスも確実に浸透していき、色眼鏡やバイアス、世間の声も捌かれて、「オルタナティヴ・シーンの中心」に駆け上がるまではあっという間だった。個人的にも、03年のセカンドの『Room On Fire』に見える不安定な危うさを孕んだバランスには掴まれた(冒頭の「What Ever Happened?」からして《I want to be forgotten》と始まるのには痺れた。)。ジュリアン・カサブランカスの気怠いボーカル、ファブリツィオ・モレッティのストイックながら激しいドラム、ニック・ヴァレンシとアルバート・ハモンドJr.のツイン・ギターのオリジナリティ溢れるフレーズ、ニューウェーヴのようなニコライ・フレイチュアのベースとが組み合わされた結果、化学反応としてローファイなサウンドに"なっていた"が、細部を聴き込むと、楽器の鳴り方から位相まで考えつくされているのが分かる。そのレトロフューチャーなサウンド・フォーマットがどこまでも「新しかった」のだと思う。実際にライヴでも幾度か観る機会があったが、音源以上に淡々とアンチ・クライマックスな展開であっさり終わってしまうのが興味深かった。いえども、別に演奏技量や演出がどうとかではなく、各々のパートにおけるPAバランスも奇妙ながら、見せ方が真摯なのだ。ミニマルな音世界が反復/差異を示しながらも、ふと気になるフレーズが入り込み、聴き手の意識を散逸させつつも、シンプルな8ビートが身体を軽快にスイングさせる。ライヴ後はいつも、ガレージ・ロックというにはモダン・フォーマットの中で再構成されたポスト・パンクと言うべきバンドという認識が正しいような気もしたものだった。
 
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 思うに、ロックンロールという様式美に到達できないということがあらかじめ定まっていると考えるとき、類推と非・リアリスティックな熱情が「非在」としてのサウンドを目指すとしたならば、ザ・ストロークスのビートルズやストーンズといった親殺しを「果たせなかった」ところにこそ意味があり、「未到達」が故の8ビートがアナロジックな模写として本物を「追い越した」のが面白いのだと思う。しかし、音楽というものは、表現への「現象」が創りだす非現実への意識への反転でもある訳で、精確に言うと「未到達」であればこそ、「意識」で考えられるものならば、「作者の死」が岸に打ち上げられる。「非在としてのバンド」は不変たるナラティヴの切断をそのまま機能と修辞効果へと接続させる。そのダイナミクスがザ・ストロークスにはあったような気がする。 

 そういったダイナミクスを背景に、ザ・ストロークスというバンドのチャームは居丈高にクールを気取らない然り気なさも大きかった。しかし、「然り気なさ」の背景で、アルバムを重ねるにつれ、明らかにサウンドが重層的にサイケにさえなっていき、並行して活発に行なわれたメンバーのソロ活動ではそれぞれに、打ち込みを取り入れてみたり、柔らかなポップネスを追求してみたり、各々が持っているルーツや音楽的嗜好が鮮明に見えるなど難渋な複層性を帯びてきた流れがあった。その過程で、R&B~ロックンロールという歴史を換骨奪胎するのではなく、「更新」するためのラボとしての意味を追求しているようにさえ感じられ、バンド・フォーマットを保った上でのこれからがどう見えてくるのか、霞む部分も常に帯びていた。だからこそ、"有機組織体としての"バンドは、"手段としてのサウンド・メイク"が目的化しつつあるのを「引き戻す」作業をする間に、5年という歳月が要ったのかもしれず、つまり、今回の新しい4枚目となる『Angles』までの「5年間」とは、メンバーたち相互の意思疎通がはかれなかったというより、それぞれのアイデアや音楽的背景が堅固でバラバラな分だけ、幾度も試行してみた上で、共通のOKとするラインを見出すことが容易ではなかったという証左だったのかもしれない。
 
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 もはやモダン・クラシックとなった01年の『Is This It』でのラフでファストなロックンロール、03年の『Room On Fire』におけるニューウェーヴ的な"プラスティカルな熱さ"を持った音、実験性とサウンド・バリエーションの多彩さでコーティングされた06年の『First Impressions Of Earth』でのサイケデリア、と作品毎に確実に新しいフェイズに入っていった彼らだが、では、次はどうなのか。今回のシングル「Under Cover Of Darkness」で慮る分には、セカンド~サードの間を埋めるような奥行きのある「音響空間」が活かされつつ、ミニマリズムの中を駆け抜けてゆくソリッドなシェイプと、デビュー当時から彼らが持っていた不遜な余裕が感じられるのには鼓舞させられるものがあり、十二分にアルバムへの期待を抱くことができると言える。また、昨今のクラウド・ナッシングス(CLOUD NOTHINGS)やスミス・ウエスタンズ(SMITH WESTERNS)辺りの音ともリンクしてくるものもあり、ローファイ/シット・ゲイズといったジャンルへも波及する影響があるような気もする。この曲の持つ飛距離は2011年において、より意義深いものがあるだろう。3月に控える『Angles』も楽しみに待ちたい。

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destroyer.jpg デストロイヤーの新譜を聴いているはずだった。確かにコンポに入れたのはデストロイヤーの新譜であり、彼らにとって9枚目のアルバムである『Kaputt』であったはずだ。しかし、耳に入ってきたのは「コズミックな音像!」を身に纏い、流麗なアコースティックギターに乗った、デヴィッド・ボウイ(ルー・リードかな?)を思わせるダニエル・ベイジャーのヴォーカルであった。ひたすらにドリーミーである。サックスやトランペットの響きがまたひたすらにロマンティックだ。このコズミックなアレンジはこのアルバムにおける共通低音となって鳴り響いている。ほぼ全編に渡り、80sにおける緻密なロマンティシズム(それはピッチフォークが言うようにロキシ―・ミュージックであり、スティーリー・ダンでもある)を存分に取り入れつつ、浮遊感のあるシンセのループや、リヴァーブが深くかけられた幻想的な音像は2010年に大きな盛り上がりを見せ、今もその盛り上がりが持続しているチル・ウェイヴを思わせもする。

 話がそれるが、僕は今、昨年のアリエル・ピンクのアルバムについてノスタルジアなどという言葉はふさわしくないと思っている。無論、アリエル・ピンク登場以前でも、様々なアクトが過去から降り注いできた音をその身に受け、現代のものとしてそれを再創造してきた。だから、アリエルをノスタルジア云々ということに意味はないと言ってもそれはあたりまえだろうと思うかもしれない。だが、やはり昨年のアメリカのインディー・ミュージックシーンはあまりにもベタに「幸福であった過去」の音楽を無批判にトレースしているものが多かった。それはやはり肯定的にしろ、否定的にしろ、「ノスタルジア」と呼んでしかるべきであった。しかし、アリエル・ピンクのそれはあまりに破壊的・暴力的であった。それこそ、ポップ・ミュージック史全てを漁ろうとしているかのようだった。そして、これはもしかしたら、今後のスタンダードとなる姿勢なのかもしれない。そこには「ノスタルジア」は存在せず、ひたすら暴力的で無機質な「引用」と「配列」が繰り返されるのみであるのかもしれない。デストロイヤーのこのアルバムにも、アリエルと同様の過去の破壊願望が(このアルバムはコンセプチュアルだし、あそこまで極端ではないにしろ)ちらついて見える。ダニエル・ベイジャーはデストロイヤーの音楽性を「ヨーロピアン・ブルース」と評したことがあったが、これが彼らにとってのそれなのだろうか?

 1995年にカナダのバンクーバーでダニエル・ベイジャーはひっそりとデストロイヤーを誕生させた。セルフプロデュースによるデビュー作『We'll Build Them A Golden Bridge』で、バンドはバンクーバーのミュージックシーンにおいて一躍有名になった。ホームスタジオで録音されたそれはペイヴメントやガイデッド・バイ・ヴォイシズなどのアメリカのいわゆるローファイ勢と比較された。彼らはそこから休むことなく、ほぼ2年に1作のペースでアルバムを出し続けている。いわゆるMIDI(Musical Instrument Digital Interface)に触発されたオーケストラルでシンフォニックな『Your Blues』(2004年)はピッチフォークを始めとしたメディアから絶賛され、続く『Destroyer's Rubies』ではビルボードで最高位24位とヒットを記録。癖のあるヴォ―リゼーションはそのままに、スワンプなどアメリカ南部の土着的な要素を強く打ち出してきたことが功を奏した。そして前作『Trouble In Dreams』ではお得意のローファイサウンドを基調としながらも性急なドラムスとグラム風ギターでずたずたに引き裂いたものだった。

 さて、ここまで駆け足で彼らのキャリアを俯瞰したのは良いが、こう振り返ってみると、デストロイヤーというバンドは随分とその音楽スタイルに一貫性が無く、現役当時のデヴィッド・ボウイがそうであったようにまるでカメレオンのようにその音色を変え続けていることがわかる。この性質は100%、フロントマンであるダニエル・ベイジャーから来ている。彼はデストロイヤーのほかにもカール・ニューマンやニーコ・ケースとともに、ザ・ニュー・ポルノグラファーズ(アルバム『Together』ではベイルートのザック・コンドン、オッカヴィル・リヴァーのウィル・シェフ、セイント・ヴィンセントが客演していてびっくりした)というひねくれた遊び心が溢れるギターロックバンドをやったり、フロッグ・アイズやウルフ・パレードのメンバーとともにスワン・レイクというカナダのスーパーグループにも参加している(他にもハロー、ブルー・ローゼズなどにも参加)。このような多岐にわたる彼の活動、創作意欲がデストロイヤーの変貌し続ける音楽性の原動力となっていることは間違いない。

どこまでも不明瞭で、詩的、そしてなにより遊び心に満ちている歌詞もまた素敵である。

「Sounds, Smash Hits, Melody Maker, NME / All sound like a dream to me」

 例えばこの「女の子やコカインを追っかける」ようなミュージシャンを皮肉った曲、「Kaputt」。タイトルはイタリアのジャーナリスト/作家であるクルツィオ・マラパルテによって書かれた『Kaputt(壊れたヨーロッパ)』から来ているそうだ。そして、ダニエル・ベイジャーは、一度もその小説を読んだことがないらしい。なんだそれ。

 と思いきや、「Song for america」では、「I wrote a song for America. They told me it was clever. Jessica's gone on vacation on the dark side of town forever.」と歌いもする。彼はアーケイド・ファイアのようにアメリカについて言及するわけではないし(それどころか、上のラインはそれに対する皮肉も含むだろう)、それでもこのアルバムにはどこか、かの大国に対するそこはかとない想いがふと過る瞬間があるように思える。何とも言えないアンヴィヴァレントな心情がそのアイロニーでかつ、スピリチュアルな詞世界から、ふと零れ落ちる瞬間があり、非常に独特な彼の世界観を構成している。

 そして彼はこのアルバムで最も素晴らしい曲「Bay Of Pigs」において、こう歌う。

「Oh world!,you fucking explosion that turns us around.(中略)You travel light,all night,every night,to arrive at the conclusion of the world's inutterable secret.....And you shut your mouth....」

 どこにでもある景色、どこにでもある自然を描写し、彼はそこに何かを投影する。そして、最後に、世界について歌う。「世界の言い表しがたい秘密にたどり着く」ことによって「君」は沈黙する。「それの全てを見てしまった」せいで、沈黙せざるを得ないのだ。

 無論、全てを語ることなど誰にもできないし、全てを見ることなど誰にもできない。言うまでも無いことだ。だからこそ、彼のこのラインは非常に興味深い。おそらく「世界の言い表しがたい秘密」などは「存在しない」。また、それを全て見たと言っているがそこに広がっているのはブラックホールのような空間だろう。つまり、これも言うまでも無いことだが、「世界など無い」のだ。その「無い」ことへの想いが彼の口を閉ざす。だが、「無い」という答えを彼は知っているがゆえに彼は軽やかに、皮肉っぽく、言葉を紡ぎ続ける。誰よりもクレバ―であるからこそ、彼は対象の輪郭が明瞭な何かについて言葉を紡ぐことはしない。そこに向かってもあるのは袋小路だけだからだ。何かについて歌うということの困難さを彼は誰よりも知っている。これがデストロイヤーにとっての「ヨーロピアン・ブルース」なのかもしれない。

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 ゲーテが概念としての、デモーニッシュなものに触れるときは一般的な歴史における自然的なものを示唆した。特に、彼の自伝である『詩と真実』の中で、デモーニッシュなものに関して多く述べられている。そこでは、デモーニッシュなものはただ矛盾においてのみ運動し、顕現され、従ってどのような概念、如何なる言葉の下にも捉えられ得ないものであり、「主として人間と最も不思議な関係をもち、そして、道徳的世界秩序と相対立しないまでも、それと相交差する力を形作っている」という文脈を敷く。即ち、ゲーテによれば、デモーニッシュなものとは、寧ろ自然的なものであり、偶然的なものでありながら、尚且つ必然的なものであるという訳だ。また、彼によれば、デモーニッシュなものは先ずは「個人」に結び付いて現われるが、総ての個性的、特性的なものがデモーニッシュなのではなく、それは歴史的に重要なものにおいて出会うという形が常である、としている。ならば、いつの時代もデモーニッシュなものは社会的なものとして「経験」されるのが常なのかもしれない。

 09年の後半辺りからUSの早耳のブロガーの間で「ウィッチ・ハウス」という造語が行き交いだしたのは知っている人も多いと思う。その後、チルウェイヴとの繋がりを持つことにもなったが、どちらかというと、その奇妙なネーミングが示しているとおり、ジャンル、カテゴライズによって音楽そのものが帯びる不自由さへのアイロニーの姿勢を最初から含んでいた。昨年、ウィッチ・ハウスの代表格としてシーンを席巻したミシガンのセーラム(SALEM)に関しても目新しい音という訳ではなく、ゴシックな音に80年代風のニューウェーヴ要素を加えたダークな意匠が強いもので、その不気味なムードと幽玄的な女性ボーカルと沈鬱なラップが醸す「空気」こそが、ウィッチ・ハウス≒魔女のハウスという名称を体現していたと言える。一部では、UKのダブステップへの一つのリアクションと評されもしたが、どちらかというと、90年代初頭のトリップ・ホップを思わせる「低音」と「旧さ」が今、新しく解釈し直された上で、より現代的な閉塞を加えたという印象が個人的に強い。それでも、ブルックリンの若き俊才、バラム・アカブ(BALAM ACAB)辺りの人気も合わさって、ウィッチ・ハウスの周縁の暗渠に求心力を帯びてきたとも言える今、その源流を辿れば行き着くかもしれない映画監督デヴィッド・リンチが64歳にして本格的に「歌手」デビューするということは興味深い。
 
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『イレイザーヘッド』、『ツイン・ピークス』などで如何なくビザールなヴィジュアル・イメージを突き詰めていた彼の美意識、そして、ノイズを基調にしたサウンド・デザインとウィッチ・ハウスの親和度は高い気がしたが、この『Good Day Today/I Know』での「I Know」というオリジナル曲は、ポーティスヘッドの雰囲気を思わせるBPMが遅めのダークでヘビーな質感を持ったものになっており、仄かな共振さえも感じさせる。といえど、まずは皆が吃驚するのは、「Good Day Today」と思われる。リンチのヴォコーダー・ヴォイスが"軽快に"重なるシンプルなダンス・チューンだからだ。ちなみに、このシングルには表題の2曲のオリジナル曲以外に8曲のリミックスが収められており、「Good Day Today」のアンダーワールドのリミックスではカール・ハイドが全編歌い直したのもあり、ほぼアンダーワールドの曲になってしまっている。また、「I Know」のリミックスに関しては、サシャはリンチの持つ本来の世界観をよりスペイシーに広げたものに、スクリームは彼らしく強烈な低音が効いたスモーキーなものに、など各々の解釈が面白いものが揃っているが、白眉はベースメント・ジャックスのサイモン・ラトクリフの手によるものだろう。リンチの美学に対峙した上で、新しい不穏な美しさを付加することに成功しているだけでなく、しっかりと体を揺らせることができる緩やかなビートが心地良いトラックにしている。本体のベースメント・ジャックスの近曲の「Dracula」とも似ている要素があり、次作への展開の萌芽もここに見ることができるのではないだろうか。

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 なお、気になるジャケット・デザインはデモーニッシュなものにはなっているが、リンチの手によるものではなく、ピクシーズ、コクトー・ツインズや4ADレーベルなどのアートワークを手掛けたヴォーン・オリヴァーによるものであり、レーベルもUKのクラブ・ミュージックを主体にしているSunday Bestからというところからして、リンチが全面的にコントロール・フリークを発揮した作品ではなく、どちらかというと、これから軽やかな一歩を踏み出すために、自分にかかる期待やバイアスを敢えて避けたようにも思える。振り返ってみると、06年の『インランド・エンパイア』のサントラの時点で、リンチは「Ghost Of Love」を歌い、その後もポーランドのピアニスト、マレック・ゼブロフスキー、そして、スパークルホース、デンジャー・マウスと組んだりしていた訳で、音楽活動に興味が傾いでいたのは要所で伺えていた訳だが、こうしてデビューされてしまうと、様々な想いも巡る。

 例えば、ウィッチ・ハウスと呼ばれるものが召喚するデモーニッシュな何かが必然的に今、リンチ自身を「音像化」している過程内にあるとしたならば、ゲーテの示唆したように、歴史軸の中でこそ攪拌される遠心力を持つような気もしてくる。そう考えてゆくと、リンチの「個人的な欲求」が向かうべくして向かった部分と、歴史が呼んだ部分が合わさった意義深い作品なのかもしれない。だからこそ、完全なるセルフ・プロデュースによる"音楽家デヴィッド・リンチのアルバム"というのもそう遠い日ではないことを願ってやまない。